ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年08月21日
 メトロ・サヴァイブ 1 (1)

 非常事態下の生き残り劇に、またもや藤澤勇希が挑む、『メトロ・サヴァイブ』の第1巻なのだけれども、掲載誌(『プレイコミック』)のカラーに合わせてもあるのだろう、『BM〜ネクタール』や『エレル』とは違い、少年や少女たちではなくて、妻子のある男性が困難に立ち向かってゆくといった設定になっているのだが、しかし、人はけっして自分のためにのみ生きているわけではない、という基本線は、これまでの作品どおり踏襲されており、当然、一寸先は闇であり、その闇のなかに足を伸ばせば、新しい危機が押し寄せてくる、スリリングな展開が、次々と繰り広げられている。2005年6月にオープンした『エクサポリス東京』は、いわゆるこの国で勝ち組の人々を象徴する、巨大な複合商業施設である。そこに勤めている、いや勤めるとはいっても、そのビルの裏方、メンテナンスのために日夜ハードな業務にあたっている主人公の三島は、表の世界を行き交う人たちと自分が生きている現実との違いに、〈こんな日常ブッ壊れてしまえばいい〉と思う。妻に責められながらも、残業のせいで、子どもの誕生日にも家に帰ることができず、夜明けに、ようやく始発の地下鉄に乗り、帰路につこうとする、そのとき、ふいに、地面が、ゆれた。こうして、三島と地下鉄の乗客たちの、地上への帰還を目指してのサヴァイバルは、幕を開けたのであった。序盤、日常業務の無益さにすっかりと疲弊しきっていた三島が、もしかするとこの震災によって、妻子(美映子と将馬)も被害を負っているかもしれない、〈オレが助けに来るのを待っているんだ〉〈ガレキの中で凍えながら――!!〉とのモチベーションを得て、これまでの仕事で培った知識と勘を駆使しはじめると同時に、こちら読み手のテンションは高まり、彼(彼ら)の地獄めぐりに随伴しようという気になる。また、パニックに陥り、身勝手に不平不満を述べる他の乗客を傍らに、〈オレもこの人達も――美映子も将馬もみんなこんな世の中でしか生きられないんだったら オレ達が今このツケを払わされている事だって別に理不尽な話でもないだろうに――〉と三島は考えるように、彼らが閉じ込められたのは、平静な毎日から切り離された空間というのではなくて、あくまでも日常における負の部分の顕在化した場所にしか過ぎない、というふうに描いてあるところに、作者の問題意識がうかがえる。世界は、ちいさなピースの積み重ねにより、こうしてこのようなかたちで、成り立っている。大半の人間は、そのちいさなピースのうちのひとつでしかなく、無力だ、が、しかし、狭く切りとられた断片の世界にあっては、誰しもが負うべき責任と役割を拡張させられる。逃げ場の失しられた高濃度の瞬間瞬間に、自分たちの本質と向き合わざるをえないのである。残りすくない食料や水をめぐって、生存者たちが行う退廃的な権力の行使は、この社会における持つ者持たざる者式のパワー・ゲームを想起させ、物語は2巻に続く。

 『エレル』全2巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(06年)
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