ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年08月18日
 ライトノベルを書く!―クリエイターが語る創作術

 小学館のガガガ文庫編集部というところがつくった『ライトノベルを書く!』というムックに掲載されている短編。ムック自体は、表紙が森本晃司で、佐藤大が大きくフィーチャーされているというのが、なんとなく一世代か二世代前のセンスではないか、という気がしないでもないし、あるいは、そういう僕の感覚がすでに古いのかもしれないけれど、まあでも10年前のJ文学のころと比べても、それほど新しいことは言われてないじゃんね、とは思う。さて。『UTOPIA』は、乙一による異世界ファンタジー小説ということで、その制作過程が、同誌には袋綴じで付せられているのだが、それは開かず、読まない状態で、これを書きます。〈マリヤがこの国の住人ではないことはあきらかだ〉。少年アレクが、砂浜で見つけた少女タナカ・マリヤは、その容姿や服装、それから使う言語からして、まるでこの世界の住人ではないようだった。彼女はニホンという国からやってきたのだという。しかしアレクは、ニホンという国を知らない、聞いたことがない。アレクの日常は、竜や妖精や魔法使いたちとともにあり、それを指してマリヤは「ファンタジーって呼ぶんだよ、こういうのを」と言った。そうして話は、ボーイ・ミーツ・ガールのスタイルをとりながら、マリヤの来歴をめぐるかたちで進行してゆく、といえば、いやあライトノベルしてるなあ、といった感じなのだが、終盤で、登場人物と世界観との関係性が逆転するあたりに、この作者ならではの批評性を見ることができる。たとえば同ムックの、「ガガガトーク02」という対談のなかで、東浩紀は、涼宮ハルヒのシリーズに関して、〈《涼宮ハルヒ》は、一種のメタライトノベルだということです。この作品は、ライトノベルの約束事自体を対象化してつくられている。あの作品を読むためには、ライトノベルの感覚を相対化できていなくはいけない〉といっているが、それと同様の手つき、つまり乙一ふうに「ライトノベルの約束事自体を対象化」することで、この『UTOPIA』も成り立っているのだと思われる。とはいえ、そうした部分も含め、内容そのものは、あくまでも標準のレベルにとどまっている。登場人物のエモーションが、やや表層的にすぎるのかもしれない。

 『銃とチョコレート』について→こちら
 「愛すべき猿の日記」について→こちら
 『小生物語』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(06年)
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