ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年08月04日
 海埜ゆうこ「君という花」は、『週間コミックバンチ』第36号(今週号)掲載の読み切りで、My Best Love Song(MBLS)という雑誌内シリーズの、2nd season第3弾にあたる。アジアン・カンフー・ジェネレーションの同名曲からのインスピレーションによってつくられた作品である。高校に入ったばかりの沢田未来に訪れた不幸とは、両親の離婚であった。それぞれ再婚した父と母が、自分の人生を大切にしたいばかりに、未来は祖父母の家に引き取られることになったからだ。祖母は寝たきりで祖父はすこしボケはじめていた。そして彼女は〈ああ あたし棄てられるんだ――〉と思う。〈あたしは16歳でそんな子供なわけじゃないけど〉〈早くもっともっと大人になりたい〉。とくに必要に迫られているけではないが、お守りとしてコンドームを買ったコンビニで、未来は、無表情な男に出会う。隣の家に住む渡里一哉であった。廃屋にしか見えないそこにまさか人が暮らしているとは思わなかった彼女は、その事実に驚く。が、やがて渡里の抱えるヘヴィな現実を知り、その理由に納得する一方で、感情は、居ても立ってもいられない衝動に駆られる。と、まあ一言でいえば、理不尽な世のなかに対するささやかな異議申し立てであるような、青臭い話であり、さながら渋谷陽一ふうに、半径5メートルのリアリティをすくいとり、現実との摩擦係数を捉まえた内容だともいえ、閉塞感や虚無を孕んだネガティヴな心情が、あかるくひろがりのあるポジティヴな風景へとひっくり返る読後は、けっして悪くはない。ただし作品自体は、けっして現代という時代への批評にはなっておらず、あくまでも時代性の反映でしかないところに不満を覚えもした。〈自律神経が狂って夜眠れないんだろ〉という一言は、物語内の時間設定を夜にする、そのための制約以上のものとなっていなければ、やはり不用意でしかない。また、たとえば渡里を襲った不幸は、あきらかに実在の事件をモデルにしているわけだけれども、それが少女の、または思春期特有のセンシティヴな揺らぎによってのみ回収されてしまうのは、倫理の不徹底さを感じさせるし、表現としてはいささか安直すぎる。やや厳しくいうと、この世界はどこか間違っている、とうたうだけで保証される程度のアクチュアリティに、あたかも作者が安心してしまっているかのようだ。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(06年)
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