ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年07月23日
 水の色銀の月 1 (1) 水の色銀の月 2 (2)

 1巻は、以前にべつの判型で出ていた『水と銀』と同内容なので、すでに『水と銀』を持っている方は2巻のほうだけを購入すればいいです、といったところで、その2巻よりも1巻のほうが確実におもしろいのだから、『水と銀』を読んだことのない方はとりあえず1巻だけを購入すればいいです、とあまのじゃくなことを言ってみたくもなってしまう、1、2巻同時刊行となった吉田基已『水の色 銀の月』である。『水の色 銀の月』は、吉田の、あの『恋風』以前、現在から6〜8年前の作品にあたる『水と銀』のオルタナティヴなヴァージョンというか、リメイクというか、設定はすこしばかり変更されているが、それでも登場人物や主題めいたものは共通しているのだけれども、まとっている雰囲気が微妙に異なっている。それが作者の加齢によるものなのか、時代性の反映なのか、技巧的なディフォルメのせいなのか、判断がつきにくいというのも、『水と銀』には、ほぼ同時代に、やはり同様に大学生のモラトリアムを扱った、たとえば90年代の後半に描かれた木尾士目『四年生』や『五年生』や、たとえば00年代初頭に発表されたひぐちアサの『ヤサシイワタシ』に相通じるような、そういう閉塞感と倦怠が内包されていたのに対して、『水の色 銀の月』のうちには、それがあまり感じられないからなのであった。そのせいで、作内にいる人間たちの切実さが柔いでしまっているように読める。ちなみに世代で括ってみると、木尾が74年生まれ、ひぐちが70年生まれで、吉田が76年生まれになる。さて。このマンガの主題めいたものとはなにか。簡単にいうと、ひとりぼっちというわけじゃないのに、なぜかそうは感じられない、といったものであろう。先にも書いたが、それは『水と銀』と『水の色 銀の月』に共通してある感覚だ。〈どうしてひとつになれないんだろう……〉。『水の色 銀の月』の2話目で、そのような気持ちを抱え、夜を越えざるをえなかった登場人物は、やがて〈ひとりだけど ひとりじゃない ひとつになれないから もっと見つめたい――〉と思うようになれる。ちなみに、こうした他者に関わる不安と自意識の有り様は、男性向けのマンガ表現においては、80年代の後半、安達哲の『キラキラ!』のなかにすでに見られるものである。

 『恋風』5巻についての文章→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(06年)
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