ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2011年06月01日
 サユリ 2 (バーズコミックス)

 はたして押切蓮介に望むべくは本当にシリアスなストーリーばかりなのか、という近年の作風に顕著な問題はさておき、悪霊こええええ、であって、婆ちゃんつええええ、であろうなのが、この2巻で完結を迎えた『サユリ』である。ギャグの有無はどうであれ、そもそもがホラー・マンガの作家には違いがなかったのだけれど、曰く付きの一軒家へ移り住んだせいで謎の少女に祟られる家族の恐怖と不幸を前面化する、このような手法は、ジャンル上のイディオムを考慮するのであったら、超どストレートだと思えたし、実際に1巻の段階では、おっかなさしかないじゃねえか、と目を覆いたくならざるをえない描写が豊富だったわけだが、しかし、ここにきて急展開が訪れると同時に、作者ならではの精神論といおうか根性論といおうか、とにかくそれが大爆発している。過去にも述べたことがあるとおり、家族のイメージは押切にとって特徴的なモチーフだといえるだろう。家族とは時に孤独と同義になりうる。家族とは時に孤独の反語になりうる。弱さになりうるのであり、強さになりうるのである。そして『サユリ』において、前者は、悪霊こええええ、に集約されていき、後者は、婆ちゃんつええええ、に象徴されていく。前者から覗かれる闇が深ければ深いだけ、後者に垣間見られる光は頼もしさを増している。主人公一家に降りかかる悲劇を、たとえそれが当人たちの与り知らぬ怪奇現象であったとしても、決して天災ではない、人災にほかならないレベルで扱っている点は、重要だ。二つの家族の運命を加害者と被害者の理論で分け隔てていくクライマックスも、あるいは全てが損なわれて喪われて失われ尽くしたあとで新たな希望が織り直されていく結末も、正しくそこによっている。人が人を苦しめるのと同様、人は人を救うことができる。少年は祖母に向かって問うた。〈…死ぬ事が恐ろしいと思うのは…死んだ後に恐ろしい事が待ってる事を予感するからなのかな…たとえば…「地獄」とか…〉と。これに対して祖母は次のように答える。〈そりゃあお前…存在せんと割りに合わん 何故なら人間善し悪し…様々な生き方をしていくからな 死んで行き着く先が同じであるなんて事…あってはならん 真っ当に生きてきた者達が納得いくわきゃねーだろう?〉という彼女の言葉は、確かに因果応報を説いてはいても、いや決して無差別な平等を諭してはいるのではないと思う。〈この世は理不尽…全ての不幸をまたいで生きていく事など到底不可能じゃ〉すなわち誰もが不平等に生きなければならない世界で起きる様々な軋轢の引き受け方を暗に示しているので、心に残る。

・その他押切蓮介に関する文章
 『ゆうやみ特攻隊』
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『でろでろ』
  15巻について→こちら
 『ミスミソウ』
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『プピポー!』
  1巻について→こちら
 『おばけのおやつ』について→こちら
 『ドヒー! おばけが僕をペンペン殴る!』について→こちら
 『マサシ!! うしろだ!!』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(2011)
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