ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年07月07日
 谷崎潤一郎伝―堂々たる人生

 もちろん大谷崎といえば、谷崎潤一郎のことなのだけれども、僕はずうっと、偉大な谷崎というような意味合いで、大谷崎(おおたにざき)なのだと思っていたのだが、事実はそうではなくて、潤一郎の弟、精二もまた作家であったのであり、その区別のために大谷崎(だいたにざき)と呼ばれるようになったのではなかったか、という指摘からはじまる、小谷野敦『谷崎潤一郎伝――堂々たる人生』は、そのように、谷崎の一生涯を、雑多な資料と取材により洗い直すことで、一般的に固定化されたイメージから、その生々しいまでの在り方を取り戻そうとしている。〈作品論でも作家論でもない、谷崎潤一郎という一個の人間像〉を描きたかったと、「まえがき」で小谷野はいっている。そうしたアプローチからは、小谷野当人はどう思うか知らないが、僕は、江藤淳が『漱石とその時代』で夏目漱石にあてた執着に近しいものを感じとった。いずれにせよ、だ。力作であることは間違いがない。じっさい、読む前は、怠いかな、と思っていたのだ。谷崎なあ、じつはそんなに興味があるわけでもないしね、と。しかし、その人となりを知らされるうち、じょじょに集中していき、やがてページを繰る手が止まらなくなったのには、驚いた。個人的には、けっして好む系の生き方ではないとしても、たしかに心のどこかに当り、こつんと反応させられるような、非凡なほどに、魅力的な人物であったことだけは、十二分に伝わってくる。谷崎と、最初の妻である千代、それから佐藤春夫の特殊な三角関係について割かれた項などは、小谷野ならではの恋愛考察が生きて、なかなかにエモーショナルであるし、ふたり目の妻、丁未子に対するこれまでの過小(?)評価を覆し、三番目の妻である松子と谷崎の関係の、その真実を、独自の視点で突く段には、ぞくりとさせられる読み心地がある。〈まったく、神話である。谷崎がこしらえ、松子が協力した、これは「松子神話」の最後の画竜点睛なのである〉と書かれてあるところで、思わず、息を呑んだ。もちろん、ひとつの近代文壇史としても、豊富な内容となっている。石川達三が、谷崎の親類となぜか巡り会う奇縁は、小谷野がいうように、なるほど〈不気味な話〉で、江戸川乱歩との「影響の不安」が語られる段も興味深く、当然それ以外にも関心のわく箇所が数多あり、いずれにせよ、ここに書き写された種々の出来事の、その背景にいる谷崎潤一郎という存在が、いかに強大であったか、実直なまでに教えられるのであった。

・その他小谷野敦に関する文章
 『なぜ悪人を殺してはいけないのか―反時代的考察』について→こちら
 『禁煙ファシズムと戦う』について→こちら
 『帰ってきたもてない男――女性嫌悪を超えて』について→こちら
 『恋愛の昭和史』について→こちら
 『俺も女を泣かせてみたい』について→こちら
 『すばらしき愚民社会』について→こちら
 『評論家入門 清貧でもいいから物書きになりたい人』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(1) | 読書(06年)
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