ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年07月04日
 初恋温泉

 吉田修一の『初恋温泉』は、温泉宿という、いわば日常からはすこしばかり外れた場にある空気をうまい具合にすくっている、その力量の確かさをうかがわせる短編集になっている。とはいえ、達者ではあるが、この作者ならばこのぐらいは書くだろう、といったライン以上のものでもなければ以下でもない。もちろん、それは不満を述べているわけではなく、読んださいの印象をただ率直に言ってみただけのことである。収められている六つの編は、簡単にいうと、どれも男女の問題を扱っているが、語りの焦点は、カップル一組ずつの関係性そのものであるというよりも、そこから遡行して、一個の人間のあり方、おもに男性側の背景を為すような、意識のほうへと合わさってゆく。男と女とを結びつける、あるいは分け隔ててしまうことがある、セックス(性交)以外の何かが、さざ波ほどの他愛もない揺らぎとなって、彼らの内面にあたる。そのときの、微細な表情の変化を、たいていの読み手は、自分のなかで視覚化するのではないだろうか、という気がする。登場人物たちはみな、ひっきょう俗世間を生きる、暮らしている。小説の現実感は、しかし、そうした設定に宿るのではなくて、彼らと彼らをめぐる世界との相関関係のほうからやって来ている。「風来温泉」の男は、保険外交員としての優秀性が、いつの間にか、アイデンティティじみてしまっている。妻にそのことを指摘され、心を乱すが、「おまえ、俺のことを馬鹿にしてんのか?」という呟きは〈自分でも、誰がしゃべっているのか分らないほど、その声は遠くから聞こえてきた〉のであった。ここにあるのは、自分が自分で知らずのうちにかつてとはべつの人間になってしまっている、そういう、けっしてSF的ではなくて、ごく日常的な時間の進行がもたらす恐怖である。そしてそれはやはり、均質的な毎日の線上にあっては、取り出しにくい類のものであろう。いちばん最後に収められた「純情温泉」の男はまだ若く、〈この女と一緒にずっとこうやって一緒にいたい〉〈この気持ちがいつかなくなるなんて、いくら考えても想像できなかった〉と思う。そうした感情自体は、しかし、どこまで続いたとしても、自然の流れに試されながら、それを守ろうとするために生き方が、気づかぬ間に、違うものになってゆくことだってありうるかもしれない。冒頭に置かれた「初恋温泉」で、壮年期の男は、社会的な成功を収め、最愛の人と結ばれるのだけれども、彼女から別れを切り出されれば、その理由もわからなくて〈思い描いた通りの生活を、やっと手に入れたはずなのに、一番そこにいてほしい女がいない〉という悲哀に囚われる。

・その他吉田修一の作品に関する文章
 『女たちは二度遊ぶ』について→こちら
 『ひなた』について→こちら
 『7月24日通り』については→こちら
 『春、バーニーズで』については→こちら
 『ランドマーク』については→こちら
posted by もりた | Comment(2) | TrackBack(0) | 読書(06年)
この記事へのコメント
お久しぶりです。
嵐のNEWアルバムが発売されました。
今回も購入されますか?
Posted by at 2006年07月04日 21:45
綾さん、どもお久しぶりです。
「ARASHIC」ですね、買いましたよ。
DVDが付いてる限定盤にしようか、ボーナス・トラックの入ってる通常盤にしようか迷ったのですが、綾さんがご自分のブログに書かれているように、昨年のコンサートを収めたDVDが出てないので、とりあえずそれのダイジェストが入った限定盤にしました。
まだじっくりと聴けてないので、ちゃんと聴いたら感想書きたいです。
Posted by もりた at 2006年07月05日 17:37
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