ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2011年04月20日
 熱のこもったセリフ回しでもって作中人物の体温をあらかた説明してしまう手法を、もしも『MIXIM☆11』の弱点だとするのであれば、それは安西信行に固有のものとして見るより、師匠格にあたる藤田和日郎や吉田聡にまで敷衍されるべき問題であろう。しかしながら、すでに藤田や吉田が少年性のロマンティシズムからは降りてしまった(かのように感じられる)現在、その手法を通じ、なおもガッツあふれる展開を繰り広げているところに安西の良さ、ふんばりを認められたいのである。

 そして『MIXIM☆11』がこの12巻で完結した。少年マンガのジャンルにおいては、決して長い作品ではないものの、当初の物語からしたら、だいぶ矛先の違った場所に着地したなあ、という印象を抱くのは、おそらく主要な作中人物の役割が、前から出ている者よりも後から出てきた者のほうが活躍の機会を多く与えられてしまうため、必ずしも一貫していないと受け取れるあたりに由来していたと思う。反面、なんで男の子は女の子を守らなければいけないのか、なんで男の子は一番になることを目指しながら競い合うのか、なんで男の子は幾人もの仲間とつるみたがるのか、こうしたテーマの明確性を欠くことはほとんどなかった。

 終局では、各々方針の異なった男の子の意地と意地とを懸けて、ついに最強のライヴァルであるパンドラと主人公の祭壱松とが決戦を果たす。ここで両者のスタンスはあらかた熱のこもったセリフ回しでもって解説されているといってしまってよい。つまりは〈仲間の為? 息子の為? そんなちっぽけな大義の為に!! 闘う事も死ぬ事もできんわ!!〉と圧倒的な優位を述べるパンドラに対し、壱松が〈ちっぽけ…!? 小せえだとォ――っ!!? その言葉取り消せ!!! パンドラ!!!! 大事な奴の為 戦う事は小さくなんかねえんだ!!! オレ達が証明してやる!!!!〉という反論を試みる、それがバトルの勝敗を分けていくのである。

 いや正直なところ、パンドラの〈「人間は必ず裏切る」と思ってちょうどええ。他者に「期待する」事も「期待される」事も必要無い。これは自分の言動に責任を持つ覚悟や!!!〉こうした主張は、ある意味ひじょうに陳腐なのだが、しかしその暗さには、それが特別際立ったものではないがゆえに、共感しやすく、ひどく頷かされる現実味がある。ときに孤独は強烈な説得力になりえるのだ。けれども、少年性のロマンティシズムは決してそこで折れない。折れてはいけない。むしろ、儚く、空しい(かもしれない)トライに全身全霊を捧げることが必ずや幸福への手がかりをもたらす、と信じられるだけの姿形をしていて欲しい。

 ネガティヴなイメージをポジティヴなイメージが打ち砕く。パンドラとの決戦を経、最後に平和を守るべく宇宙に飛び立った壱松の、その眼差しに託されているのは、すべてが不可能だと断定された状況に置かれようが絶対に希望を諦めない、悲しみに心を奪われないほどの輝き、であろう。どんな呪いも断ち切れる。笑顔が笑顔に笑顔を繋いでいくエンディングは、正しく苦しみを踏み越えた先でしか得られない光景を、日常という安らぎのなかに描き出している。

 個人的には序盤の学園を舞台にしていた頃を高く買っていた作品なので、ファンタジー色の濃く出た後半はややつらいのだったが、それでも決めるべきところをきっちり決め、紆余曲折の果てに確かな足跡を残すことはできていると思う。巻末「THANX!!」の欄には吉田聡と藤田和日郎の名が見られる。

 4巻について→こちら
 2巻について→こちら
 1巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(2011)
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