ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2004年06月07日
 1999年、アメリカはコロラド州コロンバイン高校で起きた惨劇は現代を生きることの困難さが象徴的に現われた事件だ、と巻末の解説で大澤真幸は述べている。日本の地下鉄サリン事件や、9・11のテロとリンクさせながら、社会の大規模な変容を指摘する大澤の弁は、なるほど、強い説得力を持つ。
 犯人であるところの少年たちの学友であると同時に、銃撃を免れた生徒たちの一人であるブルックス・ブラウンの証言は、単純にとれば、この世界に間違いがあるとしたら、間違っているのは体制であり大人たちである的な、システム=悪という図式にはまってしまっているようにも読める。だからこそ、結末に持ってこられた、あまりにもポジティヴなメッセージは、どこか白々しい。けれども、彼のくぐり抜けた体験が、こちら読み手に対して、ある種のリアリティを持つのは、彼がそうであったように、もしかしたら何かのきっかけ次第で、僕たちもまた、この事件における加害者の側に回るかもしれないし被害者の側に回るかもしれない、日常がある日突然歪み、そのせいで誰かを殺すことがありうるかもしれないし誰かに殺されることもありうるかもしれない、そうした危機感と可能性によってもたらされている。そのことが、おそらくは大澤がいうところの「内なる敵」という語彙を発生させるものだろう。
 全編に渡ってヘヴィな内容であるが、しかし、一読の価値はある。個人的には「レイチェル」の存在それ自体に奇跡のような感動を覚えた。
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書。
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