ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年06月22日
 同時代も歴史である 一九七九年問題

 坪内祐三が、この新書『同時代も歴史である 一九七九年問題』のなかで述べている、「一九七九年問題」とは何か。正直をいえば、よくわからないというのが本当のところである。そして、それはたんに僕という読み手の力量のなさによるものではない、と思う。いや、自己弁護ではなくて。とはいえ僕なりにならば、「一九七九年問題」というものを、どうにかこうにか言い換えることはできそうな気もする。それは、つまり、このような感じだ。「一九七九年」とは、この国(またはこの世界)が全面的にサブ・カルチャー化してゆく転換が端的に示されたときであり、それ以降、自覚的にであれ無自覚にであれ、必然的にサブ・カルチャー(の一部)として生きなければならない我々を、歴史という認識をもって捉まえるひとつの視点を指し、「一九七九年問題」という。

 たとえば坪内は、64年(日本では70年)に出版された、アメリカの文芸評論家であるノーマン・ポドレッツ(30年生まれ)の『行動と逆行動』を80年頃に読んだ、そのときに「興奮した」といっている。58年生まれの坪内は、当時、20代前半の大学生である。〈当時、日本では、まさに、サブカルが真面目な批評の対象となり始めていた〉〈そのような今日的問題が、さすが大衆文化の御本家アメリカでは、二十年以上も前にすでに問題として指摘されていたとは〉。要するに、未だサブ・カルチャーが真面目に論じられることのなかった80年の日本で、坪内は、64年のアメリカではすでにサブ・カルチャーが批評の俎上に乗せられており、ポドレッツというすぐれた書き手さえあったことを知り、驚き、そして興奮したわけだ。そのことはもちろん、日本におけるサブ・カルチャー受容の遅れを示しているのだけれども、重要なのは、その遅れではなくて、アメリカがまず先んじていたことであろう。国産のサブ・カルチャーが充実してくるのは、70年代を回ってからであるが、しかし、それだけではまだやっていけない、自給自足していなかったことは、坪内の著書でいうと『一九七二』に詳しい。

 一方で、そういう国内におけるサブ・カルチャーの全面化を、なし崩しのアメリカナイズと見なし、対立した人物に、江藤淳がいる。33年生まれの江藤は、ポドレッツとほぼ同世代だとして、坪内は〈そして江藤淳は当時(一九八〇年頃)、盛んに日本文学のサブカル化のことを嘆き批判していた。ポドレッツと江藤淳のサブカルに対する視線の差に、私は、アメリカと日本の国柄の違いを感じた〉といっている。〈国柄の違い〉という短絡的ではあるけれども、じつに本質的な直感をしたのは、20代だったときの坪内祐三である。こうした書かれ方、書き手が過去を反復し、読み手が追体験するような書かれ方は、たとえば『一九七二』や『『別れる理由』が気になって』などでも採られたものだ。が、こうした書かれ方の必要は、どこからやってきているのか。
 
 〈一九八〇年代に入ろうとする一九七九年は、いわゆるポスト・モダニズムを迎えようとする時であった〉〈そのポスト・モダニズムは文字通りの超近代だけではなく否近代を含むものであったが、一番の特徴は、それが単一の真理を持たないことだった〉〈単一の真理を持たないなら、つまり、単一の歴史を持たない〉〈それぞれがそれぞれの歴史を持つ〉がゆえに、坪内は〈もし歴史が複数だとしたら、そのそれぞれの「そばに流れている」歴史への参加のあり方に果して優劣がつけられるのだろうか〉と思う。そのように考えるのであれば、坪内が語りうるのは、あくまでも坪内が果たした(今も果たしている)歴史への参加のあり方のみである。この新書の書かれ方は、そういった意識の持たれ方から、おそらくは、やってきている。

・その他坪内祐三の著作に関しての文章
 『古本的』について→こちら
 『『別れる理由』が気になって』についての文章→こちら
 『私の体を通り過ぎていった雑誌たち』についての文章→こちら
 『文庫本福袋』についての文章→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(06年)
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