ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2011年04月18日
 私たちが星座を盗んだ理由 (講談社ノベルス)

 「いなくなった人間のことは、忘れなきゃいけないのよ」

 北山猛邦の短編集『私たちが星座を盗んだ理由』に収められた「終の童話」において重要な意味をなしていく発言であるが、しかしてそれは他の四篇にもテーマの上で大きな重なりを持っているのではないかと思われる。「いなくなった人間のことは、忘れなきゃいけないのよ」というのはつまり、失われてしまったものはもう戻らない、手に入れられなかったものは手に入れられなかったものとしてしか残らない、そのようなせつなさをいかに引き受けるかを、おそらくは問うている。

 本質的には、どの小説も、去っていくもの、損なわれるもの、やがて消えてなくなってしまうもの、を題材にとっていると見なしてよいだろう。少なくとも、物語のなかでエモーショナルなパートを担っているのは、それを激しく思い知らされるような一撃にほかならない。たとえば「終の童話」は、怪物に襲われ、石になってしまった女性を、それでも想い続ける少年の、長い月日を簡潔にしたファンタジーであって、ついに主人公へ委ねられる判断に「いなくなった人間のことは、忘れなきゃいけないのよ」という言葉の深さを考えさせられ、ひじょうに悩ましく、心を動かされる結末を迎えることとなるのである。

 すべての篇で、ミステリの手法は、謎解きの展開とはべつに、とてもシビアな条件を主人公たちに突きつける、かのような構成を用意する。どんでん返し、といって差し支えのない落差が、ラストの段あるいは最後の一行によって生じているのだけれど、そこで得られる驚きとは、現実の救いがたい側面に酷似している。青春のすれ違いを装った「恋煩い」では、あまりにも直接的で誤解のしようもない絶望が最後に投げ掛けられるのだし、作品の舞台そのものが秘密めいた「妖精の学校」にしても、拾った携帯電話から奇妙なコミュニケーションがはじまる「嘘つき紳士」にしても、主人公のポジションは希望の名から程遠いところに置かれていってしまう。

 表題作にあたる「私たちが星座を盗んだ理由」は、幼い頃の誤りが、大人の視点を持つことで改められ、ある種の免罪が訪れてくる。いっけんすれば、やさしさを胸にともす。しかしながら、時間の過ぎゆくことが後悔を洗い流しうるのと同様、時間の過ぎゆくことはまた新しく取り返しのつかない因果関係をもたらす。この痛み、せつなさ。主人公の目の前に現れる無念は、もちろん、具体的な様態は異なれど、誰の身にも間近なものだといえる。ああ、この世界はやり直しのきかないことばかりで溢れているみたいだ。

 「恋煩い」について→こちら
 「妖精の学校」について→こちら

・その他北山猛邦に関する文章
 『密室から黒猫を取り出す方法』について→こちら
 『踊るジョーカー』について→こちら
 『少年検閲官』について→こちら
 『「ギロチン城」殺人事件』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(2011)
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