ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2011年04月16日
 爆音伝説カブラギ(2) (少年マガジンコミックス)

 周知のとおり、『月刊ヤングマガジン』4月号で佐木飛朗斗と所十三のコンビによる『疾風伝説 特攻の拓外伝〜Early Day's〜』の連載がスタートしている(現在は二話目まで発表されている)が、天羽時貞を主人公に置いたその作品に対する評価をいまいち決めかねてしまうのは、結局のところ、宮沢賢治的な聖性は戦争を止められるか、というテーマをもしももう一度やろうとしているのだとすれば、はたして時計の針を逆に戻していくことにどれだけの意味があるのか、多少の懐疑を挟み込む余地があるからなのだった。無論、意味はある。そう思えるだけの作品になってくれることを今はただ期待するのみである。

 あるいは佐木が『特攻の拓』以降、不良少年をモチーフに、編み続けながら、問い質してきたテーマは、むしろこの、東直輝と組んでいる『爆音伝説カブラギ』に求めるべきであろうか。『特攻の拓』や山田秋太郎との『爆麗音』、そして東との前々作『外天の夏』のその後の世界を直接に描いたマンガであって、桑原真也と組んだ『R-16』でも見られた群像のイメージ、つまり孤独な魂の繋がりを、主人公にあたる鏑木阿丸と桜庭多美牡の結束に重ね合わせてみせた展開を経、この2巻では、一年生の多美牡に裏切られ、威厳を損なったB・R・T(旧獏羅天)への粛正を、かつて獏羅天を破門された風神、雷神、龍神の三鬼龍が開始する。そうしたなかに、暴力に支配された若者のせつなさを描き出していく。

 言うまでもなく、三鬼龍の登場は『Early Day's』とのリンクを不可避に持っている。ヒロシ、キヨシ、天羽の存在を指していた風神、雷神、龍神の異名は、時代が移って、風間柾喜、雷沼雷蔵、そして春馬の別人に代替わりしている。だが、平和な社会における異端のさらなる異端という点においては、伝統を正しく受け継いでいるのだった。しかしながら注意しておきたいのは、天羽時貞に顕著であったような根無し草の不安は、龍神にではなく、多美牡の精神に強く反映されているということだ。これは作品を下るごとに膨張し続ける佐木飛朗斗の宇宙にあっては、まるでタンポポの胞子のごとく、テーマが拡散、新しい芽を伸ばしていることを証明してはいまいか。

 宮沢賢治的な聖性によって戦争を止めようとしたのが『特攻の拓』であったとするのであれば、普遍性を逆さまにすることで決して辿り着けないはずの平和に辿り着こうとしたのが『外天の夏』だったといえる。両者の試みは、その漠然としたエンディングから判断するかぎりにおいて、成功したとは見なし難い。極論するなら、戦争が止められず、平和に辿り着けなかった世界こそが、すなわち『爆音伝説カブラギ』の舞台にほかならないのである。

 さて、そこで爆音小僧の十六代目である鏑木阿丸に課せられた役割とはいったい何か。正直な話、現在の段階ではまだぜんぜんわからねえよ、なのだったが、しかし以前にも述べたとおり、聖蘭高校のクラスメイトはもとより、多美牡を爆音小僧の特攻隊長に引き込み、次第にシンパサイザーを増やしていく彼の活躍には、『特攻の拓』や『外天の夏』とは異なった光が宿されていることだけは確かだ。それが照らした風景のなかにきっと解答は浮かび上がる。

 いやまあ、それにしても変格不条理ミステリ「ゴスロリ探偵 巻島亜芽沙の事件簿」(巻末のおまけマンガのことね)が、ばかばかしくて、好き。たぶんこれ、東のアイディアなんだろうけど、『外天の夏』の設定をギャグにしてしまうこのセンスが、もうちょい本編で生かされてもいいぐらい。

 1巻について→こちら

・その他佐木飛朗斗・東直輝に関する文章
 『妖変ニーベルングの指環』1巻について→こちら
 『外天の夏』
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら

・その他佐木飛朗斗に関する文章
 『爆麗音』(漫画・山田秋太郎)
  7巻について→こちら
  6巻について→こちら
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら  
  1巻・2巻について→こちら
 『パッサカリア[Op.7]』について→こちら
 『[R-16]』(漫画・桑原真也)12巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(2011)
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