ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年06月19日
 ザレゴトディクショナル 戯言シリーズ用語辞典

 西尾維新自身が、前書きにあたる段で、〈裏話や制作秘話、副音声、コメンタリー、ライナーノーツ風の文章がお好きでない方には、やっぱり本書はあんまりお勧めできません。本書にはそういうことしか書いていないからです〉といっている、この『ザレゴトディクショナル 戯言シリーズ用語辞典』を読んで、僕は自分が、とある小説がどのように書かれたかについてはあんまし関心のない読み手なのかもしれないね、と思う。もうすこし正確にいうと、作者自らがどのようにその小説が書かれたかに関して言及することには興味がない、という感じになる。これは、たとえば高橋源一郎や阿部和重とか、笠井潔もかな、あたりがときどきそれを書くことに対しても、つねづね思うところでもある。ただしインタビューや対談の類については、その限りではなくて、それはなぜかというと、この本のなかの「インタビュー」の項を引くのであれば、〈インタビューは、基本的にはインタビューアーさんとの対話で行われるため、ついつい見栄を張ってみたり、意地を張ってみたり、誤魔化してみたり、あるいはインタビューアーさんの期待に応えてみたりする〉といった余談があるからであろう。まあ、テクスト至上主義みたいな考えがないこともないけれども、それ以上に、ライナー・ノーツならばライナー・ノーツで、もしかするとジャーマン・メタルとか聴く人ならばわかっていただけるかもしれないが、そのなかでもセルフ・ライナー・ノーツの類は、やはりどこか退屈であるような気がするのだ。まあ、好みの問題だといえば、そのとおりである。とはいえ、これだけのもの(帯には全460項目、15万文字書き下ろしとある)をひとりで書けるというのは、要するに管理能力があるということでもあるんだろうけれど、それはそれですごいなあ、という感心は、素直に、した。また「戯言シリーズ」に関してということではなくて、西尾維新という作家についてということであれば、たとえば「物語」の項、〈メタ小説があんまり得意な読者ではないので、戯言シリーズがそうならないよう、この言葉の使用には結構気を遣った〉とあるところとか、その指向を見てとるうえで、興味深い箇所はいくつかあった。

・その他西尾維新に関する文章
 「するがモンキー」について→こちら
 「まよいマイマイ」について→こちら
 「ひたぎクラブ」について→こちら
 「ある果実」について→こちら
 『ネコソギラジカル(下)青色サヴァンと戯言使い』について→こちら
 『ネコソギラジカル (中) 赤き征裁VS.橙なる種』について→こちら
 『ネコソギラジカル (上) 十三階段』について→こちら
 『トリプルプレイ助悪郎――最終回「終落」』について→こちら
 『トリプルプレイ助悪郎――第五回「五々」』について→こちら
 『トリプルプレイ助悪郎――第四回「四季」』について→こちら
 『トリプルプレイ助悪郎――第三回「第三」』について→こちら
 『トリプルプレイ助悪郎――第二回「二人」』について→こちら
 『トリプルプレイ助悪郎――第一回「唯一」』について→こちら
 『ニンギョウがニンギョウ』について→こちら
 「コドモは悪くないククロサ」について→こちら
 「タマシイの住むコドモ」について→こちら
 「ニンギョウのタマシイ」について→こちら
 『新本格魔法少女りすか 2』について→こちら
 『新本格魔法少女りすか』について→こちら

 『総特集 西尾維新』ユリイカ9月臨時増刊号について→こちら


posted by もりた | Comment(2) | TrackBack(0) | 読書(06年)
この記事へのコメント
>そのなかでもセルフ・ライナー・ノーツの類は、やはりどこか退屈であるような気がするのだ。


だいたい「やぁ、日本のみんな、〜〜だよ」
ってな感じで始まるあれですね。

はげしく同意します。
Posted by shooter at 2006年06月19日 19:56
あんがと。
Posted by もりた at 2006年06月20日 15:47
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