ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年06月11日
 上手なミステリの書き方教えます
 
 この国のこの時代を生きる、すべてのネガティヴ・クリープやコンプレックス・パーソンが受けとるべき小説が、いま、ここに。いやはや、もう、間違いなく浦賀和宏だけは別格ですよ、と声を大にして言いたい。松浦純菜(あるいは八木剛士)のシリーズ第3弾『上手なミステリの書き方教えます』であるのだけれども、この全編を覆う、惨めさと無様さと切なさと心強さ具合ときたらどうだろう、しかも、それらが抱腹絶倒のうちに、こちらへと手渡されるのだから、参る。じっさいに電車で読んでいたら、思わず声を出し笑えてしまったので、困った。だいたい頭のほうからして、こんな調子である。〈剛士は純菜が好きだった。もっとはっきり言うと、彼女のパンツが欲しかった。更に言うならば、脱いだばかりのまだぬくもりが残る彼女のパンツが欲しかった。パンツが無理なら、純菜を教室に連れ込み剛士の席に座らせ、純菜が帰った後に彼女が座った椅子に頬ずりしたかった。一緒に教室を出た後『あ、忘れ物しちまった』と嘘くさい台詞を吐いて、一人だけ教室に戻り、椅子に残った彼女の体温を味わうのだ〉。ほとんど病気である。十分に変態さんである。自分でもそれはわかっている。しかし妄想は自由である。そのような葛藤と自虐を含みながらの願望が、二段組み約330ページ中のおおよそを占めている。まあ、その時点で、読み手を選んでいる、といえば、言える。さらに、けっこう幅広にサブ・カルチャー(なかでもオタク系のカルチャー、とりわけ『機動戦士Zガンダム』)の知識が全編に散りばめられており、僕の場合、作者と世代がそれほど離れていないためか、わりと理解可能なものが多かったけれど、それでもぜんぶの元ネタを羅列できるかというと、とうぜん無理で、裏を返せば、そういった部分でまったく楽しめない読み手もいるだろう、と考えられる。個人的には、かつて一世を風靡したPCゲーム『ダンジョン・マスター / カオスの逆襲』スタート直後のくだりが、最高にヒットだった。うはは、それ、あったあった、となる。しかし、特筆すべきは、そうしたある種の限定的な語りが、ときに歯止めの利かないほどに暴走しつつ、話の筋を運んでゆけば、やがて、すこしばかり泣けてくる青春と恋愛の像をつくり、そして、普遍に届きそうなエモーションを、ついに手に入れてしまうことなのだった。なんで、好きな女子のパンツが欲しいといった、どうしようもない場所からはじまったものが、最後の最後に、いやあ、すごく良い物語だった、みたいな読後感になってしまうのだろう。驚いた。もしかすると巧妙に騙されているだけなのかもしれない。巧妙といえば、ミステリ部分を支える仕掛けに関して言うと、小説内部にいくつもの異なった位相を設け、読み手を攪乱させる、この作者にお馴染みの手法が用いられているので、はったりにさほど驚くこともないが、しかし、そうした構造を成立させるにあたって、入念に、周到に、文章の細部を加工する執着のようなものが、同様に、登場人物の過剰に悲喜劇的な猜疑心へ、説得力およびアクチュアリティを帯びさせているように思える。この痛々しいまでに肥大した自意識に、共感できるか嫌悪するかは、そりゃあ読み手の勝手な判断だろうけど、いやいや、これは酷いや、といった救いのなさに皮肉としてならすくなからず愉快である一方、ここで、もてない男の傷ついた内面を通じ見られる、同調圧力の地獄は、この時代のこの国のある一面を的確に捉まえている、といっても過言ではない。

 『火事と密室と、雨男のものがたり』について→こちら
 『松浦純菜の静かな世界』について→こちら

 「リゲル」について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(1) | 読書(06年)
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Tracked: 2006-06-16 21:04