ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年06月08日
 ラディカリズムの果てに

 これ、『ラディカリズムの果てに』は、語り下ろしというか、インタビュー形式の内容だということもあり、わりと仲正昌樹が言いたい放題なので、野次馬根性的に読むぶんには愉快だと思うのだけれども、「本書を読む前の注意書き」という前書きの箇所で、仲正自身が〈けっこう適当に語り下ろしたものである。それほどマジな批判ではない〉といっているように、それほど実がないというか、他の著作に比べ、論理的な重量はほとんどないので、まあ、こちら読み手も、おもしろ半分、茶化しながら、適当に読むぐらいがいいのではないか、と思う。北田暁大とのやりとりは、もっと泥沼になったほうが見てておもしろいのに! あはは、とか思いながら。その北田の件にからんで、すこし前にネット禍に遭った、とある対談に関しても、ここでは触れられている。その対談について、仲正は〈雑談の延長のようなもの〉といっている。要するに、それと同程度に、これもまた雑談の延長のようなものに過ぎない、ということだ。それはともかく。インタビューイの仲正は、いつもどおりのことしか言っていないという意味合いで、その発言にはある種のカタルシスがあるのだが、へぼいのはインタビュアー(編集者)である。謎の質問がいくつか見受けられる。いちばん顕著なのはP156に、仲正のような〈そういう態度を取ると、かえって「炎上」しないですか〉とある。これ、意味がわからない。「炎上」というのは、いわゆるネット用語でいうところの「炎上」のことを指すのだと思われるが、たしか仲正は(現時点では)ブログを持っていないはずである。存在しないブログが「炎上」することなどありえるのだろうか、不思議質問だろ。これはこれで、突き詰めていくと、ムード優先で言葉が使われることに批判的な仲正のスタンスさえも脅かすことになってしまう。もちろん、僕が仲正のブログが存在していることを知らないというだけなのかもしれないが、だとすれば仲正がここで熱心に語っている「ブログ論壇」批判は、まったく無効化されてしまう。そういう、曖昧であるがゆえにインタビューイを貶める悪質な質問が、いっそインタビュアー(編集者)の発言はぜんぶ抜いてしまっても成り立ちそうな構成であるにもかかわらず、けっこう見受けられる。もしかすると、インタビュアー(編集者)は、褒め殺しの体で仲正を晒し者にしてやるぜ、といった魂胆なのかもしれないが、それそれで、酷い仕打ちだなあ、と思う、他人事ながら。

・その他仲正昌樹の著作に関する文章
 『「分かりやすさ」の罠―アイロニカルな批評宣言』について→こちら
 『松本清張の現実(リアル)と虚構(フィクション)』について→こちら
 『デリダの遺言 「生き生き」とした思想を語る死者へ』について→こちら
 『なぜ「話」は通じないのか―コミュニケーションの不自由論』について→こちら
 『ポスト・モダンの左旋回』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(06年)
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