ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2011年02月26日
 イン ザ チョコレート (りぼんマスコットコミックス)

 たとえば、どれだけ苦しくとも無理やり笑うことでしか自分を救えない少女に向けられた次のような言葉である。〈ねぇ 空 / 笑うことは苦しいことを忘れるためにあるんじゃない / ずっと逃げてたら 楽しいことも分からなくなる / 空は今まで 全部1人で抱えようとしたから / 限界でそんな考え方になっちゃったんだ / でも これからはオレに投げて / オレが絶対なんとかするから / 変えられる / 空は 変わる〉

 もちろんこれは、ヒロインの立場に対し、白馬の王子様が手を差し伸べ、投げ掛ける慈しみにほかならない。しかし村田真優の「ブルースカイヘブン」を正確に読もうとするのであれば、ラヴ・ストーリーのロマンティシズムに加え、もう一つ別の視点が必要となってくる。すなわち、いったい何のために少女がSOSを隠していたか、である。「ブルースカイヘブン」は、読み切り作品集『イン ザ チョコレート』に収められたマンガだが、以上の問いは、「イン ザ チョコレート」や「平成赤ずきん」といった他の二篇(あるいはショート・ショートに近しい描き下ろし「DREAM TOUR --pop-up book--」をも含めた三篇)にまで通底しているといってよい。

 家族、だろう。結局のところ、少女たちは家族を原因としたバイアスを強く意識するあまり、他人に言えぬ苦しみをその小さな体に抱え込んでいたのだった。まだ幼い精神が、頼るべきものに頼れないとしたら、そりゃあ助けを求めようとする言葉は自然と失われてしまうんだ。おそらくこのとき、白馬の王子様の登場には、だが君は孤独じゃない、絶対に君は孤独じゃないんだぞ、という希望が、サインが、メッセージが託されている。それが「イン ザ チョコレート」を、「平成赤ずきん」を、「ブルースカイヘブン」をひときわ魅力的なものにしているのである。

 無力を生きざるをえないヒロインは、家族という最も身近な抑圧から逃れることもできない。そのせつなさが、「ブルースカイヘブン」においては、世界の存在自体を肩代わりしている。だからこそ、空と名付けられたヒロインは〈あたしが 今まで見てきた世界は / あたしの世界は / あたしの現実は〉と、今までの体験を通じ、幸福を望むことを諦めてしまっている。〈少しの幸せは きっと幻だった / この手にあると思っていても そのうち失う / それは悲しいから / もう はじめから近づいちゃいけない〉こうした卑屈をまったく信じていた。

 あらためて述べるまでもなくそれは、ひどくひどく寂しいことだ。けれども、その寂しさのせいでどうか君が駄目になってしまわないように。もしも君が苦しみに押し潰されず、新しく目の輝きを持ち直すことができたなら、世界はいくらでも塗り替えられる。空が出会い、やがて親密になっていく少年、青のやさしさ。つまり、先に引いた〈ねぇ 空 / 笑うことは苦しいことを忘れるためにあるんじゃない〉し〈変えられる / 空は 変わる〉という言葉は、まるでそう告げている。ささやかでありながら、正しく励まされるだけの根拠を伝えてくる。

・その他村田真優に関する文章
 『妄想シンデレラ』について→こちら
 『ドクロ×ハート』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(2011)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバック