ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年05月25日
 イカロスの山 2 (2)

 絶対に泣かされてたまるかよ、といったつもりでページをめくりはじめたのであったが、ああ、しかし、やっぱ駄目だった。結局のところ、それでも涙は溢れてしまいます、というやつだ。塀内夏子『イカロスの山』2巻である。平岡に師事する若きクライマー吉崎を見舞う悲劇、それをきっかけに、三上と、その妻靖子、そして平岡の3人が結ぶトライアングルは、おおきく揺れ動き出す。おそらく、このような展開は、吉崎が登場した時点からして、あらかじめ用意されていたものであろう。言い換えるなら、そのためにのみ吉崎は、物語に召還させられたというわけだ。けれども作者は、その存在を、けっして安易に用いてはいない。『イカロスの山』というマンガのうちを生きる人物たちは、みな一様に、孤独である。このばあいの孤独とは、他人とはけっして分かち合えない感情によって、内面の一角が占められている、という、たかだかその程度のことだ、が、その程度の重たさが、現状においては、いかにしても氷解しえないことの苦悩でもある。それを自分が自分でよくわかっているがゆえに、平岡はひとり〈今は別の道だ〉と呟くのだった。その彼の背中を追う吉崎は、ある意味で、平岡自身のわだかまりを、下界に置いてきたそれを体現するものではなかったか。〈耐えることは承知の上で雪山に入ってますから〉と平岡は言う。だが、耐えることの悲しみに、吉崎が追いついてしまったとき、平岡はふたたび孤独の淵を覗くことになる。朝が光を運んでくる、その場面が、しかし明るいものとして描かれていないのは、そのためである。

 1巻について→こちら

 『雲の上のドラゴン なつこの漫画入門』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(06年)
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