ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年05月25日
 強運の持ち主

 最近はあまり、ネガティヴなことは書きたくないので、とくに批判的に受けとれたものに関しては取り上げないようにしているのだけれども、これは、ちょっと、と思わされたのは、瀬尾まいこの『強運の持ち主』である。作者が、読み手の精神年齢をかなり低く見積もっているのでなければ、作者の精神年齢そのものが低いか、あるいは双方が、そうしたことの反故を、暗黙の了解のように扱い、共犯関係を結んだうえでようやく成り立つ、そういった体の小説であろう。連作ふうにつくられたこのなかで、取り扱われているシチュエーションはどれも、個性的とはいえず、どこかで見かけたことのある、ひどく類型的なものだといえる。そのことをけっして悪くはいわないが、ならば、そこから発生するエピソードが、他と比べたときに、どのような強度を持っているか、その質の高さが、否応なく、目につくことになる。したがって、たとえば1話目にあたる「ニベア」を読み、それから金田一蓮十郎のマンガ『ニコイチ』あたりを読んでみれば、ひじょうにおもしろみに欠けた内容であることが、途端に、ばれてしまう。作中で、語り手の〈私〉は、占いの本質は、出された答えの中身そのものであるよりも、それに対して、相手を納得させるほどの、いかに説得力を持たせるかである、といったことを幾度となく、繰り返して、いう。が、しかし、その彼女の発言が、浅はかな、上辺をなぞったものでしかないのと同程度に、小説それ自体も、上滑りを穏便に済ますよう、適当で、なあなあ、に流れ進んでいくのみであった。

 この作者のものは、やはり『卵の緒』から『天国はまだ遠く』までを読めば、それでいいのではないか、と思う。

 『優しい音楽』について→こちら
 『幸福な食卓』についての文章→こちら
 『天国はまだ遠く』についての文章→こちら
posted by もりた | Comment(2) | TrackBack(0) | 読書(06年)
この記事へのコメント
んんん…、この本最近気になってる本の
ベスト1で、近々購入しようかと思っていました。
他人の意見に惑わされるつもりもないのですが、
やはり誰かしらの書評にこう書いてあると、
膨大に販売されている書籍の中からこの一冊を
選ばなくてもよいのでは?と思っちゃいますね…。
読むのなら図書館で借りて読もうかな。

瀬尾まい子さんの著作全般がこのような
ディテールを持ってるってことなんでしょうか?
Posted by 誠 at 2006年05月26日 04:55
誠さん、どうもです。
や、たんに僕の好みによるのかもしれませんけれど、ちょっとこれは偏狭にすぎる気がしました。作者の価値観しか存在しない世界でしかないというか。それを過不足なく共有できる読み手には、たぶんおもしろいのでしょうが、僕は違うんだろうなあ、という感じです。

初期のものは、まだ現実に対しての抵抗みたいなのが感じられた気がし、けっして嫌いではないです。

ちなみにこれは、いまのよしもとばななに対して思うところでもあります。
Posted by もりた at 2006年05月26日 10:46
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