ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年05月23日
 フルーツバスケット 20 (20)

 純粋でありすぎるがゆえの愛憎劇ということであれば、やはり細部の語りにおいて、みさき速『特攻天女』との共通項を見出さずにはおれない展開になってきたが、それというのは結局のところ、どのような角度であれ、同体の表現で、人のうちにある感情の美醜を突き詰めていけば、似たような場所に突き当たるからなのだろう。つまり、持て余された孤独はけっしてひとりの人間のなかにのみ止まるものではないよ、ということだ。もちろん、そこには大元となる参照項があるのかもしれないが、もしかすると高橋留美子かしら、と思うぐらいで、自分はそれほど博識ではなかった。高屋奈月『フルーツバスケット』20巻である。いやあ、前巻において、みごと噛ませ犬であることが判明した由希を置いて、物語はぐんぐんと流転してゆく。紅野にとどまらず、じょじょに呪いから解き放たれる十二支たち、そのことが、彼らの世界の神=慊人の、誰からも愛されないという妄念を加速させる。一方、夾への想いをついに自覚してしまった透は、その事実に、身勝手なのではないかと戸惑い、夾はといえば、透の母親に関する秘密のため、ひどくつよい罪悪感に苛まれるのであった。各人の、未だ幸福からは縁遠い表情から伺えるように、ここで、いっきに花開いたのは、自己嫌悪という、矮小で横暴な禍であろう。どれだけ苦しんだところで、なかなか壊れてしまうことを許さないだけの強さが、さらに苦しみを深めさせるとき、いったい誰が、誰を、許し、救えるのか。そうした問いに、いよいよ全体の焦点が、合わさりはじめる。

 19巻については→こちら
 18巻については→こちら
 17巻については→こちらこちら
 15巻については→こちら

 『フルーツバスケット ファンブック〔猫〕』については→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(06年)
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