ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年05月22日
 『小説すばる』6月号掲載。絲山秋子の連作シリーズ「ダーティ・ワーク」の第五話。「miss you」という題名は、これまでどおりストーンズのナンバーからとられているわけだが、そういった知識を抜きにして、その、言葉自体が持ちうるせつなげな響きに浸っていたいような、そういう、わりとロマンチックな小説に仕立てられている。一読、絲山作品のなかで、もっとも素敵因子の多く塗り込められた作品ではないか、と思う。月曜日に、〈私〉は職場に飾るための花を、辻森さんの店に買いに行く。そして、姉の結婚式にブーケを作ると約束した〈私〉は、その辻森さんに、ブーケの作り方を教えてもらいたいとお願いするのだった。そのようにして、41歳の男性である辻森さんと、おそらくはまだうら若い、歯科医院で事務として働く〈私〉が、ブーケ作りのために明かす一晩が、短い枠のなかに描かれている。とはいえ、作中で〈私は辻森さんの愛や、欲望や、べたべたした暑苦しいさまざまなことを欲しない〉といわれているように、ふたりの関係が、恋愛へとゆらぐことない。むしろ〈私〉の、辻森さんに関しては、対人関係における負荷のほとんど感じられないことが、〈私〉と姉のあいだにある、ウェイトのかかった、切っても切ることのできない繋がりとの、対比になっていることがポイントであろう。ここでは、〈私〉の感情は、〈私〉から他者へ向けられる一方的な視線によってのみ成り立っている。他者との距離感は、〈私〉の視点によってのみ測られている。そのことがつまり〈私〉にとっては、辻森さん、そして姉といった二者の存在の、異なる見え方になっているのである。だが、しかし注意しなくてならないのは、そうした構図が、最後の段になって、逆転することだ。ラストに〈私〉は、姉から見られる〈私〉となって、辻森さんから見られているところの〈私〉となる。もちろんのように、どちらも〈私〉というひとつの像を結ぶものに他ならないが、だからといって、それらは重なり合うものでもない。要するに、同心円ができるわけである。その描かれた図形のうつくしさが、「miss you」という言葉の持つ余韻、それに似たイメージを、読後につくり出しているように感じられた。

 「ダーティ・ワーク 第四話 before they make me run」についての文章→こちら
 「ダーティ・ワーク 第三話 moonlight mile」についての文章→こちら
 「ダーティ・ワーク 第二話 sympaty for the devil」についての文章→こちら
 「ダーティ・ワーク 第一話 worried about you」についての文章→こちら

・その他の絲山秋子に関する文章
 「みなみのしまのぶんたろう」については→こちら
 『ニート』については→こちら
 「ベル・エポック」については→こちら
 「へたれ」については→こちら
 「沖で待つ」については→こちら
 「ニート」「2+1」については→こちら
 『スモールトーク』については→こちら
 『逃亡くそわたけ』については→こちら
 「愛なんかいらねー」については→こちら
 『袋小路の男』については→こちら
 『海の仙人』については→こちら
 「アーリオ オーリオ」については→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(1) | 読書(06年)
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『ダーティ・ワーク』絲山秋子 を読んで
Excerpt: ダーティ・ワーク (集英社)絲山秋子 内容紹介 今日もどこかで、あの人はきっと生きている 熊井はいつもギターを弾いている。もう何年も会っていないTTのことを考えながら……。 様々に繋がる人間関係、それ..
Weblog: そういうのがいいな、わたしは。(読書日記)
Tracked: 2008-05-08 22:04