ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年05月14日
 大阪ハムレット 1 (1)

 たとえフィクショナルなものであっても、やはり人情というのに触れると、思わず涙腺がゆるんでしまうな、と思う。ボロボロと泣けてくるというほど大仰ではないけれども、そのぶん、胸のうちの柔い部分にちょこんとタッチしてくるかよ、といった感じだ。森下裕美の『大阪ハムレット』は、題名どおり大阪に暮らす、市井の人びとにおける悲喜劇を扱った連作マンガである。誰しもが自分の人生に満足して生きているわけではない、その芯は強くもなく、逆に弱々しいが、しかし、それでも真っ直ぐに歩こうとして、悩み、苦しみ、やがて笑えるよう、頑張る姿に、心うたれる。登場人物たちの取り組むドラマは、なにげにシリアスすぎる。この1巻のなかでは、第2話「乙女の祈り」に、それは顕著であろう。大好きであった叔母が、闘病生活の果てに亡くなってしまったのをきっかけに、女のコとして生きることに憧れるようになった少年が、周囲の人たちのノイズにさらされ、あるいは助けられ、学校でシンデレラの劇をこなすまでが、描かれている。扉絵では、ふっくらとした姿の叔母が、作中では、ひじょうに痩せ衰えているのが、印象的だ。作品はさいしょ、叔母は病死したのだというふうに読ませるつくりになっている。だが、ほんとうのところは、そうではなくて、病気を苦にした自殺だったということが、ごく自然に明かされる。〈やっぱり しんどいのかなんかってんやろや〉〈アカン……ボクもしんどいのかなんわ〉。ここで、少年と叔母の、それこそ時と場合やレベルが違うとしても、生きていくうえでのしんどさが、相似形に近しいかたちで結ばれる。おそらく物語それ自体は、叔母の自殺をひとつの逃亡だと見立てながらも、けっしてそれを否定してはいない。ただ少年が、叔母の死をブレイクスルーしてゆく過程をとおして、べつの選択肢〈死んだらしまいやん〉ということもありえたのではないか、と暗に提示するのみだ。もちろんのように人はずうっと生き続けられるものではないが、すくなくとも死ぬまでは生き続けることができる。不妊に悩む女性を題材にした第3話「名前」に、〈人生てうまいコトいかへんな〉と泣き笑いするシーンがある。〈人生てうまいコトいかへんな〉たったそれだけのことを納得するのが、いつだって、とてもとても難しい。でも、その難しさのなかで、手放してはいけないものがあるとして、それはきっと、自分の人生を生きているのは自分以外の誰でもないといった、しごくあたりまえのことに他ならない。

 第1話「大阪ハムレット」について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(06年)
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