ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年05月12日
 青猫家族輾転録

 作者である伊井直行が、あとがきにあたるような「ノート」のなかで、大幅な改稿により〈作品の「重心位置」が移動されていることから、私としては「新潮」版とは別の作品と考えている〉と述べているけれども、なるほど、『新潮』05年3月号に掲載された『青猫家族輾転録』と、この単行本版『青猫家族輾転録』とでは、たしかに読み終えたあとの印象を、おおきく違えている。もちろんのように「重心位置」の移動に関しては、作者側の意図はともあれ、こちら読み手の側の推測にしか過ぎないが、すくなくとも、このヴァージョンでは、語り手である50代男性である〈僕〉が、いったい誰に何を語るのかが明らかになっている、つまり、それは30年前に亡くなった叔父に、これまでに〈僕〉が生きてきた大筋を語るといったスタンスがとられているため、『新潮』のヴァージョンでは、〈僕〉を中心とした周囲の人びとの動きが、物語を進行させているように読めたものが、あくまでも〈僕〉自身にまつわる物語としか読めないものへと変奏されている。しかし、いずれにせよ、すばらしい小説である。成熟したようには見えないまま大人になってしまった〈僕〉が、では、そのように成熟せずに歳月の経ることを許された現代のなかで、いかに後発の世代に対して先行する立場としての責任を果たしてゆくか、それが器用になりすぎず、かといって不格好にもなりすぎない、ただただまっすぐな問いかけとなり、力強く発言されている。

 『新潮』掲載版については→こちら

 「ヌード・マン・ウォーキング」について→こちら


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(06年)
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