
僕のハートを引っ捕まえたのは、シングルとして切られ、02年のデビュー・アルバムに収められた「57」というナンバーだった。一発で耳についた。それ以来ずっと、気にかけているバンドである
アメリカの90年代グランジを、あきらかにロール・モデルに置きながら、狂った拍子で、ヴァース・コーラス・ヴァースの定型を似て非なるものへと変えようとする、その試みは、セカンド・アルバムにも受け継がれた。
三人編成というのはよく、演奏の面において、自由度が高い、フレキシブルだ、といわれる。ポップなフィーリング、コーラス、リフ、ディストーション、そういったフックになるべき要素を、強調すべき重要なファクターとして捉えるのではなくて、まるでお手玉のように、次から次へとスイッチしてゆく、その姿形は、同じイギリスの先行するトリオである(けれども、きっと同世代だろう)ミューズにも似ていたが、彼らがロマンティシズムなメロディに絡めとられていったのに対して、このビッフィ・クライロは、もうちょっとマッチョでダサいけれども、その分だけ太く直接的な肉厚を追い求めているみたいだった。
その成果が、サード・アルバムにあたる本作に表わされている。正直なところ、疾走感を大事にするクリス・シェルダンのプロデュースがギリギリ追いつくような、展開に展開を重ねる楽曲は、ストレートなものを求める向きにはすこし複雑すぎるし、かといって複雑なものを求める向きにすこしストレートすぎる、ぶっちゃけちゃえば、ちょっとばかり中途半端だ。が、しかし、その変化球ぶりが、いい。こちら聴き手の、ステレオ・タイプな期待を裏切り、そののちで満足させてくれる。前半ばかりではなく、後半の楽曲も充実している。
イギリスのハード系サウンドは、90年代以降、や、もしかしたら80年代のニュー・ウェーヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタルからずっとかもしれないが、これといった大きなストリームがない。それぞれのバンドが、それぞれ孤軍奮闘してきた印象がある。ここで聴かれるフリー・スタイルなサウンドは、そういった土壌と無関係ではないように思う。
つまり。なにか拠るべきカテゴリーがあるのではなくて、等身大の自分を、力強く、遠く響かせようとしているのだ。そうして進む。前へ。
