ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2010年11月30日
 爆麗音-バクレオン- 7 (ヤングジャンプコミックス)

 はたして佐木飛朗斗(原作)と山田秋太郎(漫画)の『パッサカリア[Op.7]』とは一体何だったのか。このような問いに対する解答になることを、同コンビの『爆麗音』には期待していたのだ。が、結局のところそれは、『爆麗音』とは何だったのか、という新しい問いを残す。言い換えるなら、決して完結しない無限の問いこそが佐木の作りし宇宙の本質であることをまたもや証明することとなったのである。しかしながら、最終章にあたるこの7巻で、物語は一応のレベルで納得のいく着地を得ている。数奇な巡り合わせを経、ロック・バンド「爆麗音(バクレオン)」に結びつけられた四人の若者が、伝説の魔曲「ミカゾノピアノソナタ“零”OP.7」を初演する機会に恵まれ、どのような不幸も変えられる可能性を世界中に知らしめるのだ。主人公である音無歩夢が、さまざまな出会いを通じながら、自らの運命を受け入れ、今まさにすべての境界を越えて行かんとする姿は、正に佐木がこれまで織り成し続けてきたテーマの変奏であろう。〈稀に音楽は炸裂して 音符と音符の狭間に在る知覚し得ない旋律を… 刹那的に… 有機的に… 圧倒的な質量を… 空間に漲らせる…!!〉のであって、そして〈決して目に見えない… 愛や風の様に… “それ”は何処にでも存在して… 何処にも存在しない… その力を贈られた者だけが… 楽譜から解き放つ… 唯一無二の力!! 音楽の奇蹟!!〉を、そのあまりにも抽象的なポエジーを、山田秋太郎は能うかぎりの誠実さをもって再現しようとしている。そこで山田がぶつかっているのは、音楽マンガというジャンルそれ自体の困難にほかならなず、必ずしも成功しているとは言い難いもあるにはある。したがって『爆麗音』以上にすぐれた描写を為している作品はいくつも挙げられるに違いないのだけれども、演奏のダイナミズムに関しては、すばらしく惹きつけられるものがあったように思う。一方でやはり残念なのは、『パッサカリア[Op.7]』のみではなく、東直輝を作画を迎えた『外天の夏』からも持ち越されてきたモチーフ(真逆の世界!)が、曖昧さを斥けるほどの確信にまでは辿り着けなかった。発想と混乱の眩暈にしか至れなかった点だ。かくして佐木の作りし宇宙は今なお完成を見ることもなしに膨張をし続けている。

 6巻について→こちら
 5巻について→こちら
 4巻について→こちら
 3巻について→こちら  
 1巻・2巻について→こちら
 『パッサカリア[Op.7]』について→こちら

・その他佐木飛朗斗に関する文章
 『爆音伝説カブラギ』(漫画・東直輝)1巻について→こちら
 『妖変ニーベルングの指環』(漫画・東直輝)1巻について→こちら
 『外天の夏』(漫画・東直輝)
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『[R-16]』(漫画・桑原真也)12巻について→こちら
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