ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2010年11月19日
 トクボウ朝倉草平 8 (ジャンプコミックスデラックス)

 インターネット時代の感性でハードボイルドをマンガ化するとこうなる。そしてそれがハーフボイルドのようなレディメイドになりかねないところを躱し、皮肉とロマンに満ちた世界を完遂しているのが『トクボウ朝倉草平』の最大の魅力であろう。本作で高橋秀武は十分な腕前を披露した。もちろんこの最終8巻でも、ひりりとしたユーモアは健在であって、単発のエピソードにおいて生き生きとしているのだったが、全編を通じ、大きな流れをなしていたツルイ警備との決戦には、思わずこう、やってくれたなあ、とシリアスに胸の高まるものが込められているのである。兎にも角にも、一見すれば奇人変人の類でしかない主人公、朝倉草平の行動理念が、その個人的な正義が、あくまでも徹底し、貫かれているがゆえに巨悪を砕く、こうしたプロットを堂々展開しているのが、良いよ。たいへん盛り上がる。ここで重要なのは、草平の、個人レベルの正義から、しかし確かに頷かされるだけの確信が得られることなのだ。それは権力に対する懐疑として、まずは次のとおり述べられる。〈権力ゲームさ 権力なんて 単純に競技人口が多いだけのただのスポーツさ 権力を手にしたらなにができるのか…… 別に なんにも…… 別になんにもないんだ 結局みんな 権力というお山のてっぺんからいい景色が見たい… たったそんな事… そんな子供みたいな事で血眼になっているのさ……〉と。これを聞いた平凡な刑事の辻恵一が〈……俺は見てみたいっすよ… いい景色〉と言っているのは、しごく真っ当であって、必ずしも批判されるべき意見ではない。誰だってこの世界や社会のプリンシパルになりたい。本音を曝せば、そうした欲望を斥けることは難しい。だが草平はそれすらも容易く〈…そうかね〉と一蹴する。〈お山の下に広がっているのは こうして僕らがはいつくばってる地面に決まっているのにかい…………〉そうやってひっくり返してみせるだった。草平の態度は、いたって平明だといえよう。要するに、皆がのぞんでいるゲームには乗らないよ、と断じている。問題は、それが単に天の邪鬼である以上の意味合いを持てているのか、あるいは否か、であろう。実際、彼の態度は、クライマックスにおいて、物語上のスリルと不可分になっていく。はたして、すべてが決着し、ラストを飾るカットの、作品の印象さえも左右しそうなほどに穏やかなイメージは、どこからやってきているのか。最も注意されたいのは、主人公がベンチに寝そべっている構図である。そうしてその視線の先でひろがっているものにほかならない。空だ。ここにきて〈お山の下に広がっているのは こうして僕らがはいつくばってる地面に決まっているのにかい…………〉という、彼の言葉が思い返される。草平は権力の頂点に立つことで眺められたはずの景色を見ようとはしない。決してしなかった。かわりに、晴れ晴れ、果てしなく続いていくかのような空を見ている。いうまでもなく、それは安らぎの象徴である。

 7巻について→こちら
 4巻について→こちら
 2巻について→こちら
 1巻について→こちら


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