ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年04月24日
 夏期限定トロピカルパフェ事件

 巻末に付せられた解説で、小池啓介が述べている旨に反発するわけではないけれども、たとえば僕などは、キャラ読みが不得手なうえに、熱心なミステリ読みでもないのだが、しかし、そうした人間が、おもしろい、と感じるのであれば、それはつまり、あくまでも一個の小説としておもしろい、すぐれていることを意味しているのではないか、と思う。米澤穂信の『夏期限定トロピカルパフェ事件』は、同作者による『春期限定いちごタルト事件』の続編であり、高校入学を機に、清く慎ましい小市民として生きることを目指すことにした〈ぼく〉こと小鳩常悟朗と、その同士である小佐内ゆきの、2年目の夏休みを舞台にしており、序章と終章を含め、ぜんぶで6つのセクションに分けられた短いエピソードの連なりが、やがて、けっして小規模にとどまらない事件の真相を解き明かす、と、そういったつくりになっている。すばらしいのは、全体のスターター部にあたる「シャルロットだけはぼくのもの」の章であろう。ここでは登場人物に課せられたキャラクターや、あるいは構造を左右するミステリ的な要素は、それほど深い意味合いを持たず、いや、ちがうな、より正確を期して言い換えると、それらは、1対1に置かれた登場人物の関係性を、ひとつの喜劇として成り立たせるための補助線にしか過ぎず、読み手の関心は、切り取られた状況のうちで、刻一刻と生成される起伏へと、吸い寄せられてゆく。個人的なことをいえば、前作『春期限定いちごタルト事件』は、登場人物たちが、自分に課せられたキャラクターをいかにして殺すか、または殺せないか、とった現代風なモラトリアム劇のライトなヴァリエーションにしか感じられず、これを読むまでは、すっかりその内容を忘れていた程度のものだったのだけれども、ここでは、序盤で明示された1対1の関係性が、終盤において、切り取られた状況のなかにある緊張感は変わらず、しかし、逆立ちしたかのような結末を迎えるにあたって、心をつよく動かされるものがあった。それというのは、おそらく、感情というものは、登場人物のそのキャラクターに潜在的に備わっているものではなくて、他の登場人物、つまり他者を経由することによってはじめて発生するという、ごく当たり前のことが、ごく当たり前のように、そして今日的な手法をもって、できうるかぎり綿密に書かれているからに他ならない。どのようなものであれ、ひとりきりで吐く嘘に、意味はないもんな。

 『犬はどこだ』について→こちら


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(06年)
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