ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年01月20日
 フルーツバスケット (16)

 この巻の大部分を占めるのは、透の、亡き母と父の出会いと別れのエピソードである。おそらく物語全体の核心に関わるのだろう、夾と透の母との関係は、ほとんど語られていないので、いっけん本編とは関係ないようであるが、しかし、これもまた登場人物たちを縛るネガティヴな因果のひとつとして見るのであれば、絶対に外せない、重要な出来事となる。この巻を読んで、僕が思ったのは、現代的な「人が壊れる」という言い回しが、もしも体調を悪くしたり、言語中枢を統制できないほどに狂ってしまうことを指すのでなければ、どのようなものだろうか? たぶん、頭のなかが負の感情でいっぱいになる、その反対側でバランスとなるもうひとつの感情を損なってしまうことなのではないか、ということだった。透の母親は、誰も信じられない、誰からも自分が必要とされてはいない、そのように感じられる世界のなかで、孤独を覚える。その孤独を殺す強さを得るために、ポジティブな思考はぜんぶ、消去する。なにも映さなくなった眼は、まるで壊れているようである。けれども、やがて彼女だけを孤独にしない、そういう光に出会う。信じられるもの、必要としてくれるもの、そして必要とするもの、それらのすべてが、無表情を晴らす、優しい笑みとなるような視線として、彼女の内から生まれてくるのだった。

 第15巻についての文章→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ。
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