ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年04月02日
 Bucko

 僕のなかにある、ひとつのといかけ、それは、いわゆるエモという範疇に括れる若いバンドたちのうち、アメリカのアーティストが、あたかもレディオヘッド的な表現をロール・モデルに置いたかのような、静の傾きを重要視するのに対して、イギリスのアーティストは、どうして一部のアメリカン・オルタナティヴまたはグランジのような、パワー・コードのダイナミズムにポイントを置いた、動の傾きへと向かうのだろうか、ということだ。そういった構図は、ある意味で、対極の立場をとった者たち同士を示している。スコットランド出身の4人組FICLE PUBLICの、デビュー・アルバムにあたる『BECKO』で披露されているサウンドもまた、そこにある因果律を継承したものだといって差し支えがない。ギターの繊細な響きとメロディのなめらかさで、叙情になびく情緒を表すのではなくて、ノイジーなリフとキャッチーなコーラスでもって、ありったけの衝動を形づくろうとしているみたいだ。先行するバンドで、もっとも近しいものを挙げるとすれば、初期のBIFFY CLYROあたりになるだろう。整合性など気にかけた様子もなく、思いつきのワン・アイディアを、勢い任せに鳴らす。リズムはどこか屈折しており、その、よじれ、けっして真っ直ぐに飛べない感じが、おそらくは内面の起伏を想起させる。フックとなっている。叫ぶヴォーカルの声は、けっして強くない、ギリギリの、だから、はかなく、切羽詰まった感情を、こちらへと届けた。

 バンドのオフィシャル・サイト→こちら


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽(06年)
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