ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2010年08月17日
 白のエデン(1) (講談社コミックスフレンド B)

 あの雪の日、その少年に出会えたことだけが、少女にとっては、ただ一つの。

 前作にあたる『彼はトモダチ』で、終盤の物語に泥沼の様子を演出していった吉岡李々子だったが、この新作『白のエデン』は、1巻の段階から作中に深い溜め息が渦巻き、幸福が遠く、ずっと身近ではないもののように描かれている。

 義理の父親や兄とは折り合いが悪く、実の母親のプレッシャーに応えなければならないヒロイン、芹川真白の居場所は家庭にない。かといって、学校では友人もなく、浮いてしまっている。〈イイコにしなきゃ イイコにしなきゃ イイコにしなきゃキラわれちゃう ひとりはイヤだ。〉そう願えば願うほど、彼女の孤独は増していくようだった。しかしあるとき、一人の青年に出会う。高野藍、彼には幼い頃にやさしく手を差し伸べてくれた少年の面影があった。

 藍に誘われ、通いはじめることになった鳥の子学習塾という場で、さまざまな経験を真白は積み、成長を重ねていく、というのが、おそらくは『白のエデン』の概容になるのだろう。

 むろん、義兄である秀人や藍の弟の颯生、そして藍との関係にはラヴ・ロマンスの予感が託されているのだけれども、それを縦の線とするのであれば、家族や級友を含め、摩擦化された周囲との関係をいかにしてやり直すかが、横の線に見られるのであって、双方の織り成す人間模様の色彩は、いささか暗い影を持っている。

 今日の少女マンガにおいて、離婚や再婚、といった設定の向こうに家族のディスコミュニケーションを捉まえる手つきは、決して特殊なものではない。どころか、汎用率は以前にも増して高まりつつある。真白の抱えるオブセッションは、少なくとも彼女にとって、家族のイメージがネガティヴな作用しかもたらしていない、このことからやってきているのだったが、それが現代的な印象をともなうための機能を担っているのは、まず間違いない。

 学校での待遇にしてもそうだ。要するに、共同体のなかで具体化された抑圧を生きる個人の物語になっているのである。もう少し主人公の年齢が上であったなら、いわゆるアダルト・チルドレンのストーリーになりえていたかもしれない。だが、中学三年生まで年齢を落とすことで、まさしく現代的な思春期の困難へとドラマを寄せていっているのだった。

 ところで、鳥の子学習塾の塾長代理をつとめる当道である。作者がオマケのページで触れているとおり、塾生である佐々本(早良)とともに前作から引っぱられてきた人物なのだったが、『彼はトモダチ』でも本筋には直接関係がないながら重要な任務を果たした彼の存在は、そう、まるでライ麦畑のキャッチャーを彷彿とさせる。こういう好漢を、憂鬱な筋書きに対し、配慮のごとく用意できるあたり、作者のやさしさ、強みであると思う。

・その他吉岡李々子に関する文章
 『彼はトモダチ』
  7巻について→こちら
  6巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  1巻について→こちら

 『99%カカオ』について→こちら
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