ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年03月31日
 恋々。

 たぶん、山川あいじに関しては、安野モヨコ以降のコンプレックス・パーソンを扱ったマンガ家のうちのひとり、という位置づけになると思うのだけれども、では、その「安野モヨコ以降のコンプレックス・パーソン」とはどのようなものかといえば、そこらへんは小倉千加子と中村うさぎの対談『幸福論』に詳しい気がするが、僕なりに捉まえ直すと、主体というのは自意識に隷属するものだとして、その自意識自体が、現在では、他者の視線により相対化された欲望に基づいているがゆえに、事前に、欠点を匿うことを何よりも優先させるような、消去法的な在り方をたえず選択していってしまう、そういう息苦しさをまとった主体のことである。たとえば、この短編集『恋々。』でいえば、もっとも新しい作品にあたる「ハッピィ バースデー トゥ ××」に、そのような傾向は顕著である。〈しかし恋愛がうまくいかないのも いまいち自分を好きになれないのも 全ては結局コンプレックスが原因なんですね〉。「フラれるオレ」「マイナスなオレ」「シスコンなオレ」といった具合に、ガクの心には、いくつもの秘密の扉があって、それらがひとつずつ開かれるたびに、リョウとの間柄は微妙に変化してゆく。本当の気持ちなどといえば、相手も自分もうっすらとは気づいているのだけれど、その根拠だけが、しかし、どこにもない。ここで興味深いのはやはり、けっして明言されているわけではないとしても、自信あるいは自分の価値といったものが、ア・プリオリには備わっていない、あくまでも主体の外つまり他者から、ほぼ偶然のように、もたらされるものとして、描かれていることであろう。


posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(06年)
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