ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年03月26日
 イカロスの山 1 (1)

 塀内夏子は、良くも悪くも、正統派なマンガ描きといった印象であり、ギミックやストーリーの見せ方よりは、むしろ主題で勝負といった、一本気なところが、今の時代においては、ややオールドスクールに感じられてしまう、そのあたりが、不幸といえば、そうなんだろう。これまでの塀内のマンガは、ごく初期を除けば、どちらかというと、人間同士の横の繋がりよりも、縦の繋がり、上下の連係、つまり「教える-学ぶ」といった関係性を軸として展開されていたように思えるのだが、この『イカロスの山』においては、横の繋がり、友情といってしまえば、まあ、そうなのだろうけれど、どうもそんな単純な一言では片付けられない桎梏のほうに、すくなくともこの1巻の段階に関しては、大きく比重があてられている。現在は医師として、妻子とともに安寧な生活を営む三上には、大学時代、クライマーとして活躍した過去があった。今でも、胸にくすぶる登山への情熱を感じることはあるが、家族のことを想えば、ザイルを使った危険なチャレンジは、もうしない。一方、学生のころ三上とコンビを組んでいた平岡は、就職もせず、今でも山を登り続けている。もはや交わるはずのなかった二人の運命は、しかし、ヒマラヤで発見された8006メートルの未踏峰を知らせるニュースを、ひとつのきっかけとして、ふたたび繋がりはじめる。そのほかに物語の主要人物として登場している、すくなからず平岡との因縁を感じさせる三上の妻靖子と、平岡に憧れる若きクライマー吉崎の存在が、三上と平岡の相対性をより際立たせるかっこうとなっており、平岡と吉崎の線は「教える-学ぶ」といった、塀内作品従来のモチーフを踏襲しているといえる。いや、それにしても、なんでだろう、僕はといえば、とりたててドラマは佳境に入っているというわけでもないのに、これを読んでいるうちに、なぜか、泣けてきてしまい、困るのであった。たぶん登場人物たちと年齢的に近しいというのもあるのだろうが、しがらみのあることが孤独なのか、しがらみのないことが孤独なのか、いずれにせよ人はみな孤独ではないのか、などと思わず考えさせられてしまうからなのかもしれない。あと、次巻予告の、吉崎へのクローズ・アップの仕方が、編集サイドの仕事なんだろうけれど、過渡に悲劇的なのは、ずるい。

 『雲の上のドラゴン なつこの漫画入門』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(06年)
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