ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2010年06月30日
 ジャンルと呼ぶほど大げさなものではないかもしれないが、マンガの世界には、酒造(酒蔵)もの、とでもすべき系譜はたしかにあって、この、くりた陸の『美姫の蔵』もそこに含まれるだろう。酒造といえば、たとえば尾瀬あきらの『夏子の酒』などが思い起こされるわけだけれど、『美姫の蔵』もまた、妙齢のヒロインが特殊な産業のなかで奮闘する姿を描く。江戸時代から続く造り酒屋に生まれ、育った阿部美姫は、幼い頃より家業に誇りを持ち、やがては酒造りの道へと進みたいと思ってはいたものの、父親がいまだに女人禁制のしきたりを貴んでいたため、双子の弟である蔵太郎に跡を譲り、東京に出、会社勤めをすることになる。しかし三十歳になったとき、とある大きな転機が訪れ、女杜氏を目指すことを決意するのだった。おそらく、伝統の厳しい世界において女性が自分の地位を獲得していく過程に酒造を題材化したことの意義は託されており、もちろんそれは、多種多様な制約によって構築された社会を前に女性が自立的に生きることの喩えになりうる。しかし『美姫の蔵』の感動はもう少しべつのところにある。じっさい作中の時間を担っているのは、酒造りの困難というより、そのもう少しべつの点にあたる。簡単に述べるとすれば、失われてしまったもの、失われるかもしれないものを、個人個人がいかに背負い、引き受けるか、のドラマが、主人公と酒蔵の歳月として、あらわされているのだ。数々の苦悩はやがて開かれた未来に繋がっていく、こうしたストーリーはおおよそレディメイドと判断される。はたしてそれは作者の持ち味にほかならないのだったが、レディメイドであるような物語を通じ、登場人物たちの躓き、再起を図る様子が、必ずや誰にも訪れる、というケースへと一般化されているので、折々の場面に、勇気づけられる印象を持つ。

・その他くりた陸に関する文章
 『銀座タンポポ保育園』について→こちら
 『給食の時間』
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『オレの子ですか?』5巻について→こちら
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