ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年03月17日
 ヤマトナデシコ七変化 15 (15)

 もはやルーティンといえるような、終わりなき非日常的なドタバタ劇に達しながら、それでも一定以上のアクチュアリティをキープし続けているのだから、大したものだ。と感心しながら、はやかわともこの『ヤマトナデシコ七変化』の15巻を読むのだった。また、感心するのはそればかりではなくて、根暗なゴシック・ガール中原スナコを、美少年4人組が一人前のレディに導くといった、物語総体の目的が一時も忘れられていないところに、たいそうなエラさを感じる。そのようなわけで、嫌がるスナコを合コンに送り出そうとする4人組であったが、しかし、そのことがスナコの忘却された忌々しき記憶を呼び覚ましてしまう。ここで読み手の側に明かされるのは、スナコの特殊性が、天然のものではなくて、じつは過去のとある出来事に起因しているということだ。これにはちょっと驚いた。昔は、ごくふつうの少女だったのである。人がネガティヴになるには、やはり、それ相応の理由が必要とされるのだろう。しかし興味深いのは、「うらばなし」の項で作者が述べるところによると、このエピソードはじつは〈あたくし的には「最終回」みたいなモノ〉だったという話だ。まあ、たしかにトラウマじみた原体験が取り除かれることで、人は、それこそ生まれ変わったかのように、変われるというのはありうるのかもしれない。だが、それはそれである意味においては、ひどく安直な結着に他ならない。要するに、そうした安直さは、この巻での展開によって、回避されている。これは、物語があくまでも、過去から未来へと延びる直線的な運動のなかに置かれていることの必然だともいえる。そのように考えたとき、スナコにかけられる〈今のままでいい〉という言葉は、けっして現状維持の怠惰さを薦めるものではない、そうではなくて、「今を一生懸命に生きればいい」といった、明日へ繋がっていくための前向きさを促す、激励の、言い換えに違いない。と、ここまで書き、そうした堅苦しさは、このマンガを読むにあたって不要なのではないか、と思い返せば、それもまた、ひとつのチャームなんだろうなあ、と、あらためて感心するのだった。
 
 14巻についての文章→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(06年)
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