ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2010年05月09日
 シュガーレス 1 (少年チャンピオン・コミックス)

 間違いなくこれだ。これこそが少年マンガの本分である。男の子には戦わなければならないときがある。是が非でも戦わなければならないときがある。自分の価値を掴みとるために戦わなければならないときがある。自分の価値を奪われないために戦わなければならないときがある。自分の価値を確かめるために戦わなければならないときがある。勝つことも負けることもある。もちろん勝つためには戦わなければならないのであって、少なくとも下に見られるのだけは勘弁なんだろう。上から見られてんのが許せないんだろう。つまらん遠慮はいらん。気に入らない連中には片っ端から挑みかかっていけよ。たとえ負けるにしても、身の程をわきまえるのは思う存分に戦ってからでよい。仕方がない。男の子には、ちっぽけ、なのに、でかい、意地があるのだから仕方がない。そしてその、どうしようもなく男の子であるような部分を剥き出し、我が儘なまでに純粋で鮮烈な少年たちの姿を躍動させているのが、細川雅巳の『シュガーレス』なのである。

 彼は言った〈弱肉強食ってのが九島高校の “風車”のルールだろ〉と。校舎の屋上にそびえる風車、そこに自分の名前を掲げようとする少年たちが集まるから通称“風車”、九島高校の頂点(テッペン)を目指す者に与えられた条件はたった一つ、すなわち戦って勝つ、それだけであった。椎葉岳、今年新入生の彼もまた、風車に惹かれ、門をくぐった人間である。ケンカ、ケンカ、ケンカ、〈動物なら 上に立ちたいと思って当然だろ 弱肉強食ってヤツだよ〉と嘯き、上級生であろうがお構いなし、現在“風車”の頂点にいる3年生、シャケ(荒巻至)との対戦を目論み、次々に騒動を巻き起こしていく。同じく新入生の丸母タイジは、その巨躯にもかかわらず、風車に興味を示さずにいた。〈頂点(テッペン)とか 時代遅れだ〉平然と言うタイジであったが、しかし岳との出会いを通じ、はからずも1年生同士がしのぎを削り合う戦線に加わることとなる。やがて二人の前に姿を現したシャケはこう言う。〈正面から人を殴る勇気と 正面から人に殴られる度胸のある奴が 正面から殴り合って 強い方が勝つ それが“風車”のケンカだ〉そして圧倒的な強さをもってそれを実践してみせる。なるほど、頂点は高く。遠い。だが当然、そこで怯まなかった者にのみ風車へと向かう資格が与えられる。

 基本的には、バトル・トゥ・バトルのオン・パレードに物語の進行を担われたマンガである。それが正しく『シュガーレス』の魅力になっているのだが、ここで少年マンガ史について一つの仮説を述べたいのだけれど、もしも80年代から90年代にかけて大きな転換があったとすれば、車田正美が学ランの主人公を描かなくなったことを例に語れるのではないか。要するに『男坂』の未完と『聖闘士星矢』のロングランに何かしらの手がかりを求められる。言い換えるとしたら、学園という舞台にロマンが求められなくなった結果、広義な意味でのファンタジーに題材が移っていき、そのことがちょうど時代のセンスとマッチしていたがゆえに、後者は成功したのかもしれない可能性を考えられる。もちろん、作者自身の資質の変化もあったろう。しかし80年代後半から、少年マンガにおける学園ものはラブコメかヤンキーの両極に分かれ、モラトリアムを描き、本来はその中間でありコアであったはずの立身出世的な項が抜けていき、かわりに異世界での冒険にそれを託すケースが主流化した、このような背景と車田が学ランの主人公を描かなくなったことは必ずしも無縁ではないと思う。

 しかるに時代は一回りした。それを予感させるのが『シュガーレス』の登場である。このところ『週刊少年チャンピオン』には、まさか当の車田が『聖闘士星矢』を移籍させたこととどれだけ関係しているのかは知れないが、正美イズムを隔世遺伝的に継承しているかのような作家、作品が増えてきている(すこし前には石山東吉ラインの哲弘もいた)。いよいよその真打ちに値すべきが『シュガーレス』だとさえいえる。たしかにここで展開されている作風は、細川のキャリアからすれば、線の違い、女性がいっさい描かれないあたりも含め、新境地、一種のトライアルに受け取れる。だがそれが、作者本人の望んだものであれ、外部(編集サイド)の要請であれ、学園にロマンを取り戻すための強烈な一撃になっている点が、重要だろう。他の作品を引き合いに出して申し訳ないものの、大暮維人の『天上天下』が、鈴木央の『金剛番長』が、学園にロマンを取り戻すことができず、見事に瓦解していくさまは、じつに悲痛であった。そうした残念を晴らし、期待に繋げていけるだけのインパクトが、この1巻には宿っている。不良少年をメインに据えているからといって、ヤンキーがどうだ、アウトサイダーがどうだ、なのではない。モラトリアムでもなく、夢想でもない。いまその若さにかけられる熱量のすべてを描く。難しい理屈はなしだ。忘れちゃおう。これこそが少年マンガの本分であると支持したい。


・その他細川雅巳に関する文章
 『星のブンガ』1巻について→こちら
この記事へのコメント
こちらを拝見して興味をもち「シュガーレス」を買ってみました。
なるほど、これは「クローバー」や「クローズZERO」とは明らかに方向性が異なる。「天上天下」と比較しているのはさすがです!(個人的には、あの作品は伝奇SFに方向転換して正解だったと思っていますが…)自分は梅沢春人「BOY」を思い出しました。
「不良まんが」ではなく「不良たちのバトルまんが」なのですね。絵もかっこいいし、非常におもしろく読みました。

これからもヤンキーまんがのレビュー、たのしみにしております。
Posted by まこ at 2010年05月11日 20:29
まこさん、コメントありがとうございます。

ああたしかに「不良まんが」ではなく「不良たちのバトルまんが」というのは見事な要約ですね。

ところで「天上天下」に関しましては、伝奇的な要素がどうというより、何よりも俵文七に憧れるタイプの読み手なので、あの学園の(特殊な)制度のなか、上級生としていかに生きるかをもっと見てみたかったな、というのがあります。
Posted by もりた at 2010年05月13日 15:32
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