ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2010年04月30日
 Hey!リキ 17巻 (ヤングキングコミックス)

 今日のマンガ表現において過去回想編とは何か。当然異論はあるだろうが、内面描写の代替であるようなパターンが多い。それはつまり、作中人物にとっての知識や経験を描くというより、どのような記憶を彼らが負っているかに費やされることであって、その記憶がたいてい悲痛な出来事として追加されなければならないのは、トラウマの有無が心理や意識の存在とほぼイコールで結ばれるようになった90年代以降、フィクションの形式でスタンダード化し、発達してきた技法だから、なのである。ときおり過去回想編の類がひじょうに怠く感じられてしまうのは、要するに、これこれこういう内面を作中人物は持っていますよ、といった説明のあまり奮っていないにもかかわらず、わざわざ付き合わされていることが、たんに面倒くさくなるためだろう。そしてそれが、マンガ表現の全体で一般的とされているのが近年である以上、もちろん、ヤンキー・マンガのジャンルも同じ轍を免れてはいない。ヤンキー・マンガの不良少年たちによって語られる思い出、そのほとんどは昔でいうところの武勇伝とは違ってきており、後悔や残念、過去に受けたダメージの割合を高めることで、やはり、内面描写の代替を果たしがち、本質的にはせこくまとまっているものが少なくはない。世代論として見るなら、個人的に50年組と呼んでいる層(昭和50年、1975年前後の生まれ)の、言い換えるならば90年代に青春時代を過ごしたヤンキー・マンガの作家たちが、しばしば、そうしたマナーにはまってしまうのは、ある意味、道理のいくところではあった。さて、先ほどいった50年組に含むべき作家の一人である永田晃一が、この『Hey!リキ』の17巻で、前巻に引き続き、過去回想編を展開しているのだけれども、その手つきはしかし、内面描写ではなく、むしろ武勇伝をのぞんでいる節があり、あんがい興味深いのだったが、おそらくは作者の自覚的な意志にすべてがよっているのではない。国盗り合戦の現代版、軍記物のヴァリエーションとして、ヤンキー・マンガが成立させられてしまう、このようなジャンル側の今日性を素直に受け入れた結果であることが大きいのではないかと思う。国盗り合戦、軍記物では、武勇伝は重要なファクターとなる。その部分が強調されているにすぎないのである。ただしそのことを必ずしも悪く言うのではない。主人公であるリキの中学生時代をプレゼンテーションすることで、若気の至り、いけいけどんどんの単純明快さが出、長らく不調であった物語に一定のダイナミズムを与えているのだ。とはいえ、それが作品の良さとして今後に生きてくるかどうかはまたべつの話、留保しておかなければなるまい。ところで、17巻に入ってついに単行本から高橋ヒロシ(原案)のクレジットが取れた。
 
 14巻について→こちら
 12巻について→こちら
 10巻について→こちら
 9巻について→こちら

・その他永田晃一に関する文章
 『スマイル』(柳内大樹との合作)について→こちら
 『ランディーズ 完全版』について→こちら
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