ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2010年04月25日
 心臓より高く (マーガレットコミックス)

 少女マンガのジャンルにかぎらず、多くのラヴ・ロマンスまたはセックスを主題にした作品において、病気の感染、とりわけHIVの脅威が忘れ去られて久しい。それは現実上の認知がそうであることを反映しているのかもしれないし、これを性意識の前進と見るか後退と見るかは判断のわかれるところであろうが、あまりにも無頓着すぎるといわざるをえない描写がフィクションに増えた点に関しては、ときどき怪しく感じられてしまう。すくなくとも、妊娠だけ気をつけていればよいよ、という発想が、性交渉を題材化するのにさいし、豊かなものとは思われないのである。まあ、まったくの無菌状態で育ってきた童貞と処女の恋愛しか取り扱っていないのだとすれば、多少の留保は許されるのかもしれないけれど、近年ではむしろ、その幼さにもかかわらず、どちらかがすでにセックスを体験していることが悩ましくある、といった様子を深刻なドラマとしているケースが少なくはないのであって、やはり妊娠の可能性だけに注意を向けるのは、たしかに向けないよりはよいのだとしても、表現の作法にとってイージーな単純化にすぎないのではないか。こう考えられるとしたら、きらの『心臓より高く』に収められた「H‥」は、その、現在ではなぜかしら盲点となってしまった領域を突いているように思う。作中で〈……「こわい」「恥ずかしい」「いやらしい」そんなイメージでエイズと自分は関係ないって思いたがってる人も多いわね だけど予防しなければ誰だって感染する可能性があるの ……さっきセックスしたらすぐうつると思ったっていったわね コンドームなしの性交渉による感染効率は1%程度よ ――低いと思った? それなら予防をしなくても1回や2回大丈夫って思った? だけど1回の性交渉でも妊娠する人がいるように回数の問題じゃないわ 予防するかしないかそこが大事 自分と自分の大切な人を守るためにね〉といわれている警告は、おそらくは今や古びてしまっている。しかし古びてしまったからといって、必ずしも偽とはならないことを、高校生カップルの初々しい恋愛を通じ、描いているのだ。もちろん、教訓的なメッセージを含んでいるのが、えらい、のではない。やがてヒロインのもとを訪ねてくる吸血鬼、いうまでもなくあれは、ヘヴィな内容をファンタジーの色合いで柔軟するための方便ではなく、逃避の作用や孤独の源泉を表象しているのであって、それと向き合う場面が悲痛でありショッキングな印象を湛えていくあたり、語り口のうまさ、作品の結構がいかにすぐれているか、を高く買われたい。すなわち技術の評価に還元することができるのであって、じじつ自然と感動させられる説得性がつくり出されている。『まっすぐにいこう。』等々の代表作では、読み手にかかるストレスの軽減であるような、明るめのタッチに注がれていた筆力が、ここではシリアスな展開に傾けられている、あらためて達者な作家だと見直す。表題作もよい。いや、じつをいえば表題作である「心臓より高く」のほうがよいかもしれない。他人にコンプレックスを与えてしまったことを自分のコンプレックスとして生きる主人公が、表層的ではない、他人との深い関わりを得ることによってそれを乗り越えていく姿が、パーツモデルという特殊な業種を媒介に描かれており、いくつもの場面にはっとする。
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