マニック・ストリート・プリーチャーズの終わり、というのはきっと人によってさまざまだ。岩見吉朗ならば初期の解散宣言が撤回されたときにマニックスは終わったのだろうし、逆に、最新作をつねに追い続けるような人たちにとってはいまだに終わっていないのだろう。そして僕にとっては、この『ホーリー・バイブル』こそが、マニックスのラスト・アルバムにあたる。つまり、リッチー・エドワーズがいなくなってからのマニックスなど、マニックスではないということだ。
そうしたリッチー至上主義者において、このアルバムが持つ意味合いというのは、ものすごく大きい。その大きさゆえに、デビュー作でなく、セカンドでもなく、なぜか本作だけが発売10周年という形で再生を遂げたことに関しては、すこし複雑な感じがしないでもない。じっさいに、ついさっきまでオリジナル盤は10年という時を経てもなお、ノスタルジーのほうへ追いやられずに、CDプレイヤー上ではまだまだ現役のままであったりしたからだ。
『ホーリー・バイブル』は、マニックスにとって、ひとつの到達点であった。それまでわりと音楽的な部分においては、ハイプ的な見方をされていた彼らであったが、このアルバムは、先行するイギリスのパンク・バンドであったカーターUSMが「4st 7lib」を絶賛したことを筆頭に、かつてのマニックス否定論者たちを捻じ伏せるだけの内容を持っていた。ぜんぜんアップ・テンポにならないビートは、重苦しい歌詞を反映し、それでもどこかポップなメロディが、生命の躍動を感情に移し変えているみたいだった。
今回のアニヴァーサリー・エディションは、オリジナル盤のデジタル・リマスター、未発表のUSリミックス盤、そして当時のライヴ・シーンやテレビ番組出演時の模様を収めたDVDの3枚によって構成されている。特筆すべきはUSリミックス盤だろう。デビュー作にもアメリカ市場に向けてリミックスされたものが存在するが、それと同じように、全体的に音がゴージャスになっている。だが奇妙なことに、そのゴージャスさがマニックスには相応しいと思える。
マニックスはつねにアメリカを目指していたバンドでもあった。アメリカを目指すと言い方は語弊があるかもしれないが、イギリスのバンドが国内に止まらず世界規模のスケールでもって世界の不正と戦おうとしていた、ということである。これは同世代のバンドが、やがてブリット・ポップというイギリス国内的なムーヴメントに回収されていったこととは、じつに対照的な姿勢である。
当時のインタビューなどで語られたように『ホーリー・バイブル』は、今ならグローバリズムとでもいうべき、アメリカ主導の民主主義と資本制に対する異議申し立てである。リッチーとニッキー・ワイアーの書く歌詞の大きな違いは、固有名の扱いである。ニッキーがどちらかといえば固有名を控え目に扱うのに対し、リッチーは固有名を列挙するようなやり方を好んだ。固有名は見えざる権力、あるいは民主主義や資本制を形作るのと同じような、同調圧力の象徴である。僕たちは固有名を支配しているのではない、じつは固有名によって支配されている。リッチーの書く詞が息苦しさを湛えているとしたら、それは彼の個人的な悲愴ばかりではなくて、そういった意味合いをも含んでいる。
DVDの映像を見て驚くのは、ライヴにおけるリッチーの存在感の無さである。彼がほとんど演奏に貢献していないというのは、多くの人に指摘されるとおりだが、しかし、こうやって改めて見てみると、僕のような人間でさえ、あれ?昔はもうちょっと存在感があったような気がしたぞ、と思ってしまう。彼は結局、ミュージシャンでもなければパフォーマーでもなかった。作詞家ではあったかもしれないが、詩人ではなく、ただただリッチー・エドワーズという凡庸な個人でしかなかった。そして、だからこそいつだって、とてもロック・スターになりたそうな写真写りを心がけているようであった。
自分自身でしかありえない、というのは、他の何者でもない特別な存在、ということではない。みんなと同じようにインチキでありイカサマでありロクデナシだということである。みんな同じように苦しんでるんだよ、と言われれば、じゃあどうしてみんな死なないんだ、という袋小路へと追い詰められる。失踪直前のインタビューと写真が『ミュージック・ライフ』に掲載されたことがあったが、そこでのリッチーはあきらかにカート・コバーンを意識していた。彼にとっては、あるいは死者だけがこの世の理の、その圏外に位置する、そういうロック・スター然としたものであったのかもしれない。
ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2005年01月04日
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