ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2010年03月29日
 だから恋とよばないで 1 (フラワーコミックス)

 この国のサブ・カルチャー、とくにマンガの表現において、学園をベースにした作品は数限りなく、尽きることがないし、増える一方ではあるのだったが、しかしここ最近、学校生活それ自体を豊かに描けているものは、ごく少数にとどまる。たいてい、作中人物の年齢や幼さが学生の立場上に設定されているにすぎず、たんにジャンルのコードにならっているだけにも思われてしまう。要するに、背景である以上の条件を出ない。場合によっては、背景にすらなっていない。どころか、題材が一本化し、都合よくそこに内包されるケースがしばしばなのであって、たとえば、恋愛であったり、友情であったり、青春であったり、情熱であったり、連帯であったり、挫折であったり、不幸であったり、葛藤であったり、いずれかのテーマが、たまたま、発生した場としてしかあらわれてこない。だがほんらい学園とは、そうした云々の、ありとあらゆるを包括しているのではなかったか。つまり、学校生活それ自体を豊かに描くというのは、その、ありとあらゆるの総和された空間をなるたけよく掴まえておこうとする、かのようなすぐれた手つきを、ここでは指したいのだけれども、ああ、藤原よしこの『だから恋とよばないで』などは、正しく好例の一つに挙げられる。

 鳴瀬心、17歳、ままならない片想いを仲の良い友人たちから応援され、奮起するほどに平凡な女子高生である彼女の、2年生の2学期、産休に入った担任のかわり、その若くて〈全然大人に見えない 全然ちゃんとしてない〉男性教師は、出席簿を片手にやって来たのだった。じっさい、25歳で「先生」になりたての高柳次郎には、子供じみた点が多く、職員室でも浮いた存在であるばかりか、一部の生徒からは「ジロちゃん」と呼ばれて、親しまれはしているものの、およそ低く見られがち、まるで教師のようには思われない。しかし、最初は頼りなく感じられた次郎とフランクに接し、いろいろなことを知っていくうち、心の注意はゆるゆる彼に引き寄せられてゆく。1巻に描かれているこうした筋書きをもって、なんだい、少女マンガのジャンルにオーソドックスであるような、教師と生徒のラヴ・ストーリーじゃん、と判じるのは容易い。でも、はたしてほんとうにそういったパターン化のみで説明に事足りる内容なのだろうか。たしかに物語は、初心なヒロインの、異性に対する視線を、メインにしている。けれども、くわしく読まれたいのは、それはあくまでも彼女の、主観によってのぞまれる学校生活の、大きな一部にほかならないことである。その大きさの、他に比べ、より大きくなっていく過程が、ある種の戸惑いをもたらすところに、おそらくは今の時点で『だから恋とよばないで』という題名の相応しさを求めてもよい。

 作中のモノローグはすべて、主人公である心の内面が、どう学園のなかで動き、生きているか、を代弁している。彼女の主観において、間違いなく恋愛の問題は大きい。そのとき次郎の境遇もまた、彼女の視線を通じた先に描かれていることは、必然、押さえておくべきだろう。だがそれは、若い年代にとって異性との出会いは重要である、といった程度や加減を描写するための作法であり、むしろどういう状況下でこそ意味や価値を持ちうるのか、学校生活という半径の狭い世界を広く見渡すことで、的確なエモーションを射ているのだし、この作者ならではとすべきデフォルメのタッチが、そしてそこにやさしさとあたたかみを与えているのだ。

・その他藤原よしこに関する文章
 『恋したがりのブルー』
  6巻について→こちら
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら 
  1巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(2010年)
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