ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2010年03月07日
 メルヘンちゃん(1) (なかよしKC)

 いちおうはまだ『小川とゆかいな斎藤たち』が続いているなか、茶匡が新たに送る『メルヘンちゃん』は、やはりこのマンガ家らしく、学園ベースの愉快などたばたコメディであった。13歳の伊達まりあは、スコットランド人の母を持ち、容姿は端麗だったが、人見知りがつよく、祖父からもらった妖精図鑑を肌身離さず、メルヘンの世界に浸りがちであるため、学校には友達が一人もいない。しかしふとしたきっかけを経、らびこ、という小さな妖精の姿を見ることができるようになり、そのせいでさまざまなトラブルに巻き込まれながら、クラスメイトたちとの関わりを多くしてゆく。こうした、他の誰かがクッションとなることでヒロインのコミュニケーションの幅がひろがる、という概容は当然『小川とゆかいな斎藤たち』に通じるものだろう。いやそれ以前に、現実離れしたマスコットの介入によってヒエラルキーにおける主人公のポジションが改まる、式のフィクションをヴァリエーション化しているにすぎない。たしかにらびこは、必ずしもまりあに協力的なわけではなく、妖精が見えてしまう人間の「おめめ」を狩らなければならない、このような使命上、共存、むしろスタンスは悪質であるものの、それは表面の設定にほかならず、本質をうかがうなら、きわめてオーソドックスなパターンをとっている。ただしここで注意しておきたいのは、1巻の1話目、つまりはもっとも大切な出だしに顕著なとおり、主人公が周囲にコミットするさい、ほとんど善意や努力といったものは払われていない、すくなくとも当人の意志とは関係のないラッキーばかりが助けとなっているふうに見えることである。まあこういったケースでは、主人公を駄目人間とするのが常であって、作中人物の幼さには相応しいのだけれども、いささかその我が儘に対し、都合がよすぎる。もちろんそれを作品の瑕疵とすることはできる。反面、現代性だとすることもできる。いずれにせよ、テンションの高さとテンポの勢いで読むようなマンガなんだから細かい点はべつにいいじゃんね、の一言で済ますことだってできる。

・その他茶匡に関する文章
 『小川とゆかいな斎藤たち』
  7巻について→こちら
  6巻について→こちら
  1巻について→こちら
この記事へのコメント
らびこがとってもかわいいです。
Posted by やまだみずほ at 2011年04月07日 13:28
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