ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2010年02月12日
 そもそも東直輝は『週刊少年ジャンプ』で東洋的なアイディアのファンタジーを描いていたマンガ家であり、佐木飛朗斗にしてもサイキック・バトル的なファンタジーの原作を書くことが少なくはなかったのだから、その『外天の夏』のコンビがこうして本格的なファンタジーをつくり出すことに別段驚かされなくともよい、にもかかわらず、やはりぎょっとしてしまうような気がしてしまうのは、古典的であるほどに本格式のファンタジーだからだろう、『妖変ニーベルングの指環』が。しかしそれもそのはず、ワーグナー作のオペラである「ニーベルングの指環」を直接の題材にコミカライズしているのであって、ここまで剣と魔法のファンタジーが多種多様にあふれかえった現代ではむしろ、ひじょうにオーソドックスな内容だとさえいえてしまうのである。このあいだヤンキー・マンガを手がけていたチームにこれを持ってこられたら、そりゃあちょっとは驚く。だが意匠は大きく異なれど、本質においては『外天の夏』と同じく、巨大な運命に翻弄される無垢な少年のサーガ、であることに相違ない。“恐怖を知らぬ愚か者”“ケガれた鍛冶屋の息子”そう呼ばれる主人公、ジグルトは、巨人族に蹂躙される大地を向こう見ずに生き、剣を振り、戦いながら、もしも恐怖というものがあるならそれを知りたい。眠りから覚めたワルキューレ(戦乙女)のブリュートゥが、巨人族を制圧すべく、地上に舞い降りたのとちょうど同じ頃、ジグルトの父親である鍛冶屋のもとに、天空の神々の盟主にして、戦いの神、覇神として知られるヴォータンが訪れたのは、正しく予兆であった。やがてブリュートゥと邂逅したジグルトは、炎を司る魔物ロキの協力を得、魔剣であるノートングを鍛え治し、伝説の巨竜ファフナーを倒そうとするのだった。数奇な巡り合わせのもとに生まれた主人公が、半自動的に要請されてくるクエストを次々とクリアー、英雄としての本分をまっとうしてゆくことになる、こうした筋書き自体は、なるほど、伝説や神話の基礎にほかならないし、『外天の夏』(や『特攻の拓』)ですら、じつはそのようなプロットをベースにしていたと解釈することも可能である以上、物語の構造に特筆すべき点は少ない。ではそこで『妖変ニーベルングの指環』の、作品の強度を高めているものがあるとしたら、いったい何か。ずばり、語り口、だということになる。語り口とは、この場合、佐木の独特な美学が、マンガ家のタッチでさえも影響を逃れられないぐらい、つねにダイレクトであることを指す。セリフ回しを含め、いわく言い難い情緒が踊っており、トータルの印象を左右しているのだ。それが、剣と魔法のファンタジーが多種多様にあふれかえった今日で、さらには古典的であるほどにオーソドックスな内容でありながらも、一種の異様、個性になりえている。ところで1巻とクレジットされているが、じっさいに2巻以降に話が続くのかどうか(少なくともこれ以降のエピソードは現時点で発表されていない)不明ではあるのだけれど、ストーリーにはいちおうの区切りがついていて、まずまずのスペクタクルを感じさせる。

 『外天の夏』
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら

・その他佐木飛朗斗に関する文章
 『爆麗音』(漫画・山田秋太郎)
  6巻について→こちら
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら  
  1巻・2巻について→こちら
 『パッサカリア[Op.7]』について→こちら
 『[R-16]』(漫画・桑原真也)12巻について→こちら
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