ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2010年02月02日
 ななじ眺の『コイバナ! 恋せよ花火』は、恋愛に特化した学園生活を描くという意味では、前作にあたる『パフェちっく!』と大きく様式を違えていない(すなわちラブコメである)ものの、その触感が著しく異なっているのは、もちろん恋愛を中心にしながら、しかしそれ以外の部分、も、射程に入っているような意識を作中人物たちが持たされているからであって、基本的に、小さな世界の狭いコミュニケーションを前提にしているにもかかわらず、物語の奥行きは必ずしも薄っぺらくないし、いや、たとえ薄っぺらかったとしても、その内実には十分な手応えが備わっている。ひじょうに単純化していえば、ヒロインの置かれた環境において、恋愛対象となる異性ばかりではなく、ワキの人びとの性格や言動、友情までもが、ストーリーの構成にしっかり貢献する作品づくりがなされているので、そう感じられるのだったが、テーマのレベルで見たとしても、ある特定の恋愛条件にのみ焦点を絞るのではなしに、そこからより広い範囲で豊かなヴァリエーション、グラデーションをなしてゆく恋愛の感情を汲むことに成功しているのである。たしかに主軸は花火と誓の接近だろう。それを中心にしておおよそは展開しているといってよい。だが、花火や誓の友人たち、厚美、美衣、しのっちょ、尾山、マサト、佐木の、すれ違い、片想い、両想いが、どうして恋愛は困難なのか、あるいは幸福をもたらしてくれるのか、人数の分だけ例証するかたちになっているのに加え、メインのパートへと効果的に連結させられているため、マンガ総体の説得力が深まっている。たとえば、この7巻では、しのっちょとマサトのカップルに訪れた危機が目立っており、まあ、あてられている切り口自体は類型的ではあるのだけれど、横恋慕や三角関係の深刻さに、周囲への影響力をからめて、誰にとっても必ずや他人事というわけではない、だからこそ共感しうるところにまで内容を持っていっている。そうして、しのっちょの内面を知った花火の〈ふと思った もしも世界に私と宇野誓しかいなかったら もっと楽でいられたのかな 単純でいるには 大切なものがちょっと多すぎる〉というモノローグは、小さな世界の狭いコミュニケーションにも、悩み、傷を負わされるだけの価値が認められることを、逆説的に、示す。

 4巻について→こちら
 3巻について→こちら
 2巻について→こちら
 1巻について→こちら

 『パフェちっく!』
  22巻について→こちら
  19巻について→こちら
  14巻について→こちら
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