ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2010年01月24日
 女王暗殺 (講談社ノベルス)

「そういう世界と自己をダイレクトに接続するような小説を書けば売れる。読者はみな、自分は特別であるという幻想に飢えているから。でもあなたはそういう小説は書けない。確かなことは、あなたがそういう小説を書けない言い訳に、自分が特別ではないと主張しているということです。そうでしょ? 自分が特別であるという物語は容認出来ない、でも作者の自分は特別としか言いようがない。こんな矛盾はありません。売れる小説を書いたら、あなたはどんどん特別になってしまう。あなたはそれを怖れた。自分の溢れんばかりの才能を怖れたんです」(P318)

 これまでにもさんざん繰り返しいってきたことだが、やはり浦賀和宏だけは別格だな。おそらくはこの作家のみが、90年代や00年代というディケイドの区切りに関係なく、そして2010年代の現在から先も、自意識の地獄の向こうにいっさいの救済の拒まれた驚天動地の物語を容赦なく創造し続けることだろう。すくなくとも、いや、まいった。あまりのインパクトに、『女王暗殺』を読み終えた瞬間、どっと重たい息をつく。率直に感想を述べようとすれば、うあああああああ、であり、があああああああ、であり、ぐわああああああ、であって、ほんとうはもうそれ以上の言葉が見つからない。

 要約のひじょうに困難な小説である。作品の性格上、たった一つでもネタを漏らしてしまったなら、すべての意味を損なってしまう可能性があるためなのだけれども、あえて試みるとすれば、世間知らずで童貞の坊っちゃん二人が、それぞれ、奇怪な殺人事件に巻き込まれながら、謎めいた女性にたぶらかされながら、やがてニアミスしながら、与野党の政権争いに深く関与していき、日本の将来をその手に握らされてしまう、といった具合になるのだが、もちろん、ぜんぜんそんな筋ではない。いや、まったくの嘘を書いているつもりではないものの、むしろ、これを真に受けてしまっては困るほど、多重の仕掛けが満載されているのだった。

 作中人物の一人が「クリストファー・ボグラーの『神話の法則』という本に、こんなことが書いてあった。物語はすべからくオーディナリーワールドから、スペシャルワールドへの移行を描くものだと。映画でも漫画でもアニメでも小説でも、読者や観客がいる世界がオーディナリーワールドで、物語の中の世界がスペシャルワールドだ。それを象徴する映画にヒッチコックの『鳥』がある(略)『鳥』の構成は、観客と映画との関係性のメタファーになっている(略)」(P179)と述べているのに忠実なとおり、『女王暗殺』もまた、「オーディナリーワールド」から「インターミッション」を経て「スペシャルワールド」への移行を捉まえていくのだが、結果として〈読者や観客〉が誰も必ずや物語の主人公に相応しく特別ではないことを曝いてしまう。

 帯のコメントに評論家の千街晶之が〈浦賀が描き続けるのは世界のありようへの懐疑なのだ〉と寄せているが、じっさい、ラストのセンテンスに到達するまでミスリードにミスリードにミスリードの束で構成されているような物語は、この世界に信じるに値するものは何もない、という真理が果たして誤りなく真であるとき、その真理自体がすでに疑われなければならない、こうしたパラドックスを丸ごと飲み込んでいるのであって、あまりにも頼りない足場がついに、ぼろぼろと崩れ去ってゆくクライマックスの、なんて残酷きわまりないことかよ。しかし、読み手がいくらそれを拒否しようとも、作中人物たちは否応なしにそれを受け入れざるをえない運命にあるので、悲痛さは増すばかり。難を逃れ、かろうじて生き残った人間より、主観的な愛情や正義をひたすら良しとし、犬死にしていった人間のほうが、よっぽど幸福に思われるのだから、たまらない。

 ところで『女王暗殺』には、浦賀の初期作においてキーの役割をつとめた安藤直樹の名が見つけられる。これをもって「安藤直樹シリーズ」の最新作と位置づけられるのだけれども、それ以上に前作である『萩原重化学工業連続殺人事件』の続編として受け取りたい部分が大きい。じじつ、カヴァーの折り返しには「萩原重化学工業シリーズ」とある。たしかに、本作のインパクトは『萩原重化学工業連続殺人事件』に目を通していなくとも、決して薄まるものではないだろう。しかし、両者のリンクがじょじょに明かされていったさい、ここに展開されている世界像は、さらに壮絶な歪みを見せはじめる。全貌のようとして知れない現実の、底の底を軽くさらって出てきたかのような、歪み、を、である。

・その他浦賀和宏に関する文章
 『萩原重化学工業連続殺人事件』について→こちら
 『生まれ来る子供たちのために』について→こちら
 『地球人類最後の事件』について→こちら
 『堕ちた天使と金色の悪魔』について→こちら
 『世界でいちばん醜い子供』について→こちら
 『さよなら純菜 そして、不死の怪物』について→こちら
 『八木剛士史上最大の事件』について→こちら
 『上手なミステリの書き方教えます』について→こちら
 『火事と密室と、雨男のものがたり』について→こちら
 『松浦純菜の静かな世界』について→こちら
 「三大欲求」について→こちら
 「リゲル」について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(2010年)
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