ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年02月28日
 バカでもわかる思想入門

 『バカでもわかる思想入門』という題名のとおり、マルクスやらプラトンやらハイデガーやら親鸞やらの思想を、さすがに細部にまで手は届いていないが、しかし概要については、ひじょうにわかりやすく説明している。個人的に、福田和也がここで披露している芸(台詞回し等)には、どうやらセンスの部分で相性が悪いらしく、くすりとも笑えない、むしろ気持ち悪さを感じるばかりであるけれども、その入りやすさに関しては、否定するつもりはない。某電波男の人や某ひきこもり界のトップランナーの人も、せめてこれぐらいのニーチェ読解を示して欲しいものである、まあ、それは余談で、僕ごときが言うことでもないのだけれども。そういった内容とはべつのレベルで、すこし思うところがあったので、それを簡単に書き留めておきたい。福田は「はじめに」で、近年における啓蒙の難しさを書いている。これはもしかすると「教える−学ぶ」の関係に言い直していいのかもしれないが、そこにある困難さは、一般的に、「学ぶ」あるいは「習う」側の問題に回収されてしまいがちであるような気がする。人の話をきかない、みたいなアレである。しかし、じつはそうではないのではないか。「学ぶ」姿勢がないから、「教える」側が困るのではなくて、「教える」主体がもはや成り立たないので、「学ぶ」という文脈が派生しないのではないか。かつて柄谷行人は、「教える−学ぶ」という関係性から他者の在り方を導き出したが、今日において、たとえば他者の不在の上に自意識が作動するとき、それはつまり「教える」人間の不在にかかっているのではないか。この本のなかで、福田は「教える」役、「はじめに」の言葉を使えば家庭教師を買って出ている。だが「何々なんだよ」「そうだね」などと繰り返す彼の口調は、まるで出来の悪い「僕小説」の主人公のようだ。そして「僕小説」の主人公というものは、往々にして、「教える」ことには向かない性格なのである。

・その他福田和也関連の文章
 『暴論・これでいいのだ!』について→こちら
 『en-taxi』07号について→こちら
 『イデオロギーズ』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(06年)
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