ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2009年11月23日
 仁義S 11 (ヤングチャンピオンコミックス)

 前作の『JINGI〈仁義〉』で、十分な成功を果たし、安全な立場に回ったと思われていた甲田や名手ですら、いっときの油断に足下をすくわれる。いとも容易く失墜させられる。これが極道の世界のおそろしさ、真理なのだと『仁義S〜じんぎたち〜』はいっているかのようである。〈おい やくざ せっかくの順番ゆずったら すぐに一生終わるぜ〉と、これは仁のセリフだが、いずれにせよ、立原あゆみのマンガにおいて、ヤクザは、死ぬ、か、勝ち続けないかぎり、平和を得ることはできない。関東一円会に内乱が起きたせいで、旧い世代が次々リタイアするなか、主人公のアキラ、そして守や大介らの、新しい世代はじょじょに力をつけ、組織の中枢で台頭しはじめる。しかしながら当然、彼らもまた、苛酷なルールをかろうじて生きながらえているにすぎない。所詮は、盤上に置かれた無数の駒の一つでしかないのだ。そうしてこの11巻では、当人たちの思惑をよそに、来るべき大状況の決定に備え、各人の配役が改まってゆく。

 それにしてもまあ、盟友であるはずのアキラに対してせこい敵愾心を抱く守みたいな小悪党を描かせたら、さすが。とんだゲス野郎がいたもんだぜ、という気分にさせられる。だが、その守でさえ、アキラの初期のライヴァルであった加瀬に比べたら、よほど秀でた立ち回りを繰り広げている。守と加瀬、行動をともにする両者には等しくチャンスがめぐってきているにもかかわらず、活躍を分かっているのは、おそらく、野心の大きさであると同時に、捨て身になれる覚悟もしくは血気の差だろう。いざという段に、躊躇い、ひるんでしまうことは、たとえ一瞬であったとしても、まちがいなく遅れとなってしまう。文字どおり、遅れをとった者から尻に火がついていくのは、『JINGI』の頃より、作中の世界に徹底されている法則である。前作で、仁と義郎が無敵の快進撃を続けられたのは、彼らだけがつねに遅れをとることはなく、いやむしろ、その法則自体をも先んじていたためであった。過去にも述べた気がするけれど、『JINGI』とはある意味で、仁と義郎こそが、そこで展開されているゲームのマスターにほかならないことを証明していく物語だったといえる。もちろん、こうした構造上のランクは、続編の『仁義S』にも引き継がれており、他の人物の行動を予見するような二人の超越性は、下につく人間の数が増えたことで、さらに絶対的なものとなっている。と、考えられるとき、『仁義S』の物語とは、その、神格に試される側の人間を題材化し、成り立っていると解釈してもよい。

 すくなくとも、アキラたちの運命は、一般的な道義のうえで親分の命令には従わざるをえないというのもあるにはあるのだが、たしかに仁と義郎の掌中に握られていて、彼らのプランや要求に添うよう課題をクリアーすることが、すなわち正解のルートを辿ったとの意味を持つ。そしてそれを経なければ、次のフェイズに進むことは許されない。利根組に肩入れしていたアキラが、その若頭である長峰から、舎弟頭を引き受けてはくれないか、と持ちかけられた旨を、仁と義郎に相談するくだりを読まれたい。〈舎弟頭受けるにしても 表向きは親子盃にしておいた方がよくないかい〉と義郎が提案し、〈そうだな 兄弟盃だと跡を取りにくい〉と仁が頷いてみせるのに対し、意図を理解できず〈あの何を言われているのやら〉と困惑するアキラが、〈わからんか? それなら“はい”でいい〉と言われたとおり、決定権を委ねてしまうのは、正しく構造下の条件を教えている。

 ただし、注意しておくべきなのは、だからといってアキラが必ずしも主体的に生きていないわけではない、ということだ。仁や義郎には例外に特権が与えられているにしても、フィクションの内部では、プレイヤーの一員であることに変わりない。命を狙われれば、落とすことも十分にありえる。じっさい、彼らは自分たちの想像を越えるプレイヤーが登場するのを待ち望んでいるふしがある。すべてが入れ替え可能のゲームであることのスリルを楽しんでいるふしがある。たぶん、アキラなどの新しい世代を指して、若きJINGIS(仁義たち)と呼び、期待しているのもそれだ。言い換えるなら、若きJINGISは、神格の予見を逸脱するような主体を積極的に生きることでしか、その存在を認められない。これをよく示している場面が、11巻にはある。仁と義郎をまとめて爆死させるべく、投げ込まれた手榴弾を、とっさにアキラが掴み、間一髪のタイミングで絶体絶命の危機を回避してみせるという、ひじょうに興奮させられるシーンである。作者には珍しい見開きのカットを含め、ハイライトとするに相応しいだろう。仁を逃そうとする義郎がスローモーションになっているそばから飛び出してき、状況を一変させてしまうアキラの判断と行動は、一介の駒の働きをはるかに上回るものだ。

 以上の成り行きを踏まえるのであれば、アキラがその前段で、『JINGI』の重要なワキ役であった多古たちに、仁と義郎のボディガードを単独で任されているのも、じつに象徴的な意味合いを持ってくる。それは暗に、世代交代よろしく組織内のポジションが変動していることを含んでいるのだけれど、同時に、たとえ暫定的だとしても主人公が神格にもっとも近しい位置に収まったことを示しているのである。

 10巻について→こちら
 9巻について→こちら
 8巻について→こちら
 7巻について→こちら
 6巻について→こちら
 5巻について→こちら
 4巻について→こちら
 3巻について→こちら

・その他立原あゆみに関する文章
 『本気』文庫版
  9巻について→こちら
  8巻について→こちら
  7巻について→こちら
  6巻について→こちら
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  1・2巻について→こちら
 『本気!〜雑記〜』第1話について→こちら
 『恋愛』
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『極道の食卓』
  8巻について→こちら
  7巻について→こちら
  6巻について→こちら
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  3巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
 『ポリ公』
  4巻について→こちら
  2巻について→こちら
 『月の教室』について→こちら
 『喰人』1巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(09年)
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