ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2009年11月21日
 現在、ヤング誌を中心に引く手あまたの活躍を続けながらも、熱心に語られているところをあまり見たことのないマンガ家が、葉月京である。そうした作者の、豊富な履歴に反比例する評価は、90年代頃の柳沢きみおや村生ミオのそれを思わせなくもない。いや、個人的には、ポスト村生ミオの代表格として、もっとも名を挙げておきたいし、じっさい現在の村生がそうであるように、まさしく他に類を見ない領域に入りつつあるな、と感じられるのが葉月なのだけれど、もちろん本人がこう見られて嬉しいかどうか、まったく知らない。しかしながら、たとえばこの『CROSS and CRIME(クロスアンドクライム)』で遺憾なく発揮されている、性交(セックス)と疑い(サスペンス)をふんだんに盛り込み、ぞくぞくするほどの愛憎を人と人のあいだに引いてゆく手つきは、村生が同じく『ヤングチャンピオン』で成し遂げた衝撃の一つ『サークルゲーム』に匹敵するものだろう。

 ついさっきまで幸福にあふれていた景色が、一瞬のうち、真っ黒な闇に反転する。すべての絶望はあらかじめ仕組まれ、用意されていたにもかかわらず、渦中にいる人間だけがそのことに気づけない。女子大生の戸叶優香は、恋人で新聞記者の矢崎典一に愛され、とても恵まれた日々を送っていた。しかし矢崎の後輩で、今や人気バンド「ゼロサム(ZERO SUM GAME)」のヴォーカルであるケイト(佐伯敬人)と出会ってしまったことから、破滅のゲームに無理やり参加させられることとなるのだった。いちおうはネタを割るのが許されないストーリーになっているので、これ以上の要約は省くが、優香と矢崎、そしてケイトの歪な三角関係をベースに、人間模様とはここまで残酷な見栄えを持つのか、と胸引き裂かれるドラマが、いっさいの赦免もなしに描かれてゆく。肝要なのは、悲劇でしかありえない、悲劇にしかなりえないゲームが、個人の、小さな感情の耐え難さを引き金にしていることである。

 誰もが嫉妬という劇薬の入った小瓶を脳内に隠しながら生きている。だが、それは運を一つ違えてしまっただけで容易に割れる、あるいは蓋が外れて中身をこぼれさせる。漏れ出した劇薬は、神経をまわり、当人を苦しめるばかりか、彼の発作に付き合う周囲をも不幸にするだろう。その、被害のすみやかにひろまる過程が、複線の描写と急な展開を通じ、戯画状に再現されているのだ。もともとは作者(百済内創名義)の過去作『SEX CRIME』のリメイクであるらしく、残念ながらオリジナルのほうは読んだときがないのだけれど、おそらくこれほどの筆致は、現在の力量だからこそ可能になったものだと思う。あまりにも過酷で目を覆いたくなる場面もすくなくはないが、足を踏み入れたとたん、ついついずるずる引き込まれてしまう心理の奥行きが同時にある。

・その他葉月京に関する文章
 『Wネーム』5巻について→こちら
posted by もりた | Comment(1) | TrackBack(0) | マンガ(09年)
この記事へのコメント
文章の上手さに引き込まれました。
ありがとうございます、
Posted by 葉月 at 2012年04月09日 00:28
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