ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2006年02月14日
 図書館戦争

 市街戦をモチーフとしたメロドラマ以上のものを期待しなければ、十二分におもしろい。ぶっちゃけて、中身はスカスカなので、それ以外のことを言おうとすると、どうも批判的な文章になってしまうなあ。『SUTADIO VOICE』3月号のなかで、前島久が、有川浩について〈有川の小説は「自衛官のロマンスを書きたい!」という欲望に駆動されている〉〈有川の作品を読み解くポイントは、こういった思想性ではなく「萌え」によって高まるぷち右翼性に存在している気がしてならない〉と書いているが、良くも悪くも、そのとおりであるかもしれないねえ、と思う。この『図書館戦争』の場合、自衛隊は直截的には扱われないが、しかし、物語のために仮構された図書隊というのは、まあ似たような組織であるといえるし、また、ただ一個人の恋愛感情を引き立てるために、人々は争い、傷ついてゆく、あるいは死ぬ、身も蓋もない言い方をすれば、それだけのお話にまとまっている。舞台は、正化という架空の元号で語られる日本、「メディア良化法」の施行にもとづき、検閲制度は合法化された、唯一それに対抗しうるのは「図書館の自由」をうたう図書館法のみであった。メディア良化委員会と図書館の対立は激化の一途をたどり、武装化による抗争のもとでの死傷には、超法規的措置がとられている。三人称の語りで小説は進行しながらも、随所に主人公の内面が流れ込んでくる、作者得意の記述は、本作においても健在で、そのことを通じ、登場人物に感情移入できればしめたもの、存分に図書館戦争の渦中におけるメロドラマを堪能できるであろう。だが僕にとっての大いなる謎は、いやいや、この人たちいったい何のために戦ってんだろ、ということであった。良化委員会は、まだ権力のために、といえば、わかる気がするのだけれども、図書隊に属する人たちのモチベーションが何に拠っているのか、よくわからない。だいたい、読書があまり好きじゃなさそうである、というか、読書に対しての愛情が示される箇所は、作品のなかに、一個もない。強いていえば、主人公がなぜ図書隊に志願したのか、その理由を示すエピソードと、「日野の悪夢」と呼ばれる出来事で、ある登場人物が一冊の本のために死ぬ、そうしたエピソードのふたつが挙げられるかもだが、前者はたまたまの出会いが本屋であったに過ぎないし、後者に関しては、守られた一冊の本というのは、個人的な思い出を含む資料のようなものであり、双方ともに、読書への愛情とはいっさい関係がないのであった。とすれば、正直、図書隊も図書隊で「自由」という名の、書き割りのイデオロギーに、オートマティックで従っているようにしか思えない。あるいは承認欲か。そんなもののために進んで戦闘に加わる人間の心境は、やっぱ僕には、理解ができねえのです。万が一にでも、その世界の図書館に行ったなら、倉田英之の『R.O.D』と佐藤亜紀の『戦争の法』はどこにありますか、と尋ねてみたい。
 
・その他有川浩の作品に関する文章
 「ロールアウト」について→こちら
 「クジラの彼」について→こちら
 『海の底』について→こちら
 『空の中』について→こちら
 『塩の街』について→こちら 
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(1) | 読書(06年)
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「図書館戦争」有川浩
Excerpt: 「図書館戦争」(有川浩)の感想です。さてさて、書店で帯を見た限りの(勝手)な想像↓「図書館が戦う?」ってことは絶対無敵ライジンオーみたく司書長(そんな役職あんのか?)がメダルをパチッと机にはめこむと黒..
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