ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2009年11月12日
 季刊 真夜中 No.7 2009 Early Winter

 『真夜中』NO.7掲載。『三十六号線』は、新しくはじまった長嶋有の連載小説で、第一話目には「殺人事件」という題が付けられている。そうした物騒なニュアンスは、もしかしたら作者のイメージには似つかわしくないもののように思えてしまうのだったが、いやじっさい読んでしまえば、ディテールや人物の立ち方に、従来の、らしさ、がありありとしているのだし、反面、たしかにこれまでの作品ではあまり気にならなかったような、不穏さ、が立ちこめてもいる。二〇〇三年、北海道はA市、三十六号線沿いのスーパーマーケットで夕暮れどき、一人の中年女性が二人組の刑事に聞き込み調査を受けていた。四日前の同じ頃、その駐車場で、一人の老人が何者かに後頭部を殴られ、亡くなったらしい。まさしく「殺人事件」である。刑事たちの話に耳を傾けながら、彼女は、いつだったかに見かけた不良少年の集団を頭に浮かべるのだった。出だし、話が進むうちで重要なのは、おそらくは主人公なのだろう奈実子という中年女性の意識が、殺人を知った衝撃から、少しずつ、自分の半径をぐるりめぐる生活へと移っていくことが、小説自体の結構をつくり出していることだろう。たとえば、学童保育の仕事をしている彼女は、刑事とのやりとりにおいて不良少年を想起してしまったがために、ふと自分が受け持っている子供たちの〈背が伸びていなくなった後の彼ら彼女らの「分からなさ」に、不安か寂しさのようなものを感じ〉てしまう。こうした動き方をする奈実子の心理を、一種の語り口とし、作品は、その生活や家族、すなわち日常のあれこれを描写してゆくのだ。必ずしも中心的な出来事ではなく、むしろ背景の一部でしかないとはいえ、郊外の殺人を内容に盛り込んでいるからか、どこか角田光代の『三面記事小説』や吉田修一の『悪人』にも通じる暗がりを見つけられるけれど、何かしらの憂鬱を抱えながら、あくまでも平凡のこちら側にとどまり、ぶらんとした情緒のよくあらわれているところに、この作家ならではの逆説的な力強さがある。第二話目以降、どう展開するのか、もちろん、ぜんぜん、わからないが、楽しみ。

・その他長嶋有に関する文章
 『エロマンガ島の三人』について→こちら
 『夕子ちゃんの近道』について→こちら
 『泣かない女はいない』について→こちら
 『いろんな気持ちが本当の気持ち』(エッセイ)について→こちら

・ブルボン小林名義
 『ぐっとくる題名』について→こちら
 『ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ』について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書(09年)
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