たとえば、本宮ひろ志のヤクザ・マンガ、具体的にいうと『男樹』のシリーズでは、刑務所ですらもやはり、闘争の場となっている。それというのはおそらく、どれだけの罪を着ようが、後悔を背負おうが、決して動じないことが、主人公に対し、要請されているためだと考えられる。他方、立原あゆみの『本気!』の場合、刑務所での暮らしは、まさしく主人公に反省をもたらそうとする。もちろん、こうした違いを作家性と呼んでも構わないだろう。が、どちらの主人公たちも結局は、いったん入ったヤクザの道からおりることはできず、さらに多くの屍を乗り越えていかなければならなくなる。そしてそこに垣間見られるのは、現実の世界のありようをフィクションに落とし込んださい、まるで真理としてあらわれるような、不幸であり悲劇にほかならない。このとき、立原の諸作品に通底する、すべてのヤクザの夢はヤクザをやめることでなければならない、というテーマは、それを叶えられないで儚く散っていった者たちに向けられるべき、ある種のレクイエムとして響き渡るのだった。
さて、『本気!』の文庫版も9巻である。集優会の会長殺しは冤罪であったにもかかわらず、自らに殺意があったこと自体を罪だと認める本気は、裁判の末、懲役1年6ヶ月の判決を受け入れ、青森の刑務所に送られることとなる。そこでの生活を中心にして、しばらく物語は進んでゆくわけが、いやはや、当時の『週刊少年チャンピオン』は、この、少年マンガ的なダイナミズムとはかけ離れた展開をよく載せたものだと思うし、じっさいそれを十分に読み応えがあり、ぜんぜん退屈をしないふうに引きをつくりながら描いてみせた作者もたいしたもの。また、シリーズ全体からすればこれも大きなヤマ場の一部となっており、見逃せない。まあ、服役囚同士の上下関係や悪徳な看守からのいびり等々、たしかにアイディアはありふれているが(俗にいう「ベタ」ってやつかい)、そのような外在するプレッシャーに加え、主人公本人が自分自身に抑圧を倍掛けすることで、ブッダやキリストの神話にすら匹敵するほどの聖人性とカリズマに磨きのかけられていることが、何よりも重要だ。しかし、ストーリーのずいぶんあとを先取りしてしまえば、神がかった本気の精神でさえ、極道に一度足を踏み込んだ輪廻からは抜け出すことができない。この巻、同室のヤクザが、本気の真価を見抜くがゆえに〈本気 あんた足洗いてえと本気で思っているのか〉という言葉は、じつに象徴的である。
同室の、一匹狼の極道、向田が〈本気(マジ) / いや本気さん あんたが義理のうなって木工の職人として食えるとしてカタギになるわな / 他の野郎はセコセコ稼いだ銭じゃやっていけなくなる / いい女も抱きてえ いい思いもしてえってな 知っちまってるわけよ〉と述べるのに対して、本気は〈オレは別に〉と答える。だがそれは本気という個人の資質に限った話であり、ヤクザの大多数は違う。したがって〈だから あんたはそうだ でも静かに暮らさしちゃくれねえ…察じゃとりしまれねえザルの穴みてえな情がよ / 一肌脱いでくれって泣きつくわけよ / オレはかたぎだから知らんと言えるか…知らんぷりできるか〉と向田は言葉を続けるのだ。たしかに困り果てた人間を前にすれば、本気は、その清潔さゆえに、手を差し伸べずにはいられないだろう。じじつ、ここでの喩えは、あたかも予言であったかのごとく、のちに堅気になれる可能性を得た本気を、ふたたび極道の世界へとカムバックさせることになる。
そして、本気が刑務所に入ってしまい、半年が経とうとする頃、表の世界では、ついに久美子の持病が悪化する。現在は離ればなれになっている二人のラヴ・ストーリーは、やがて、いわゆる難病もののカタルシスを孕んでゆくのだけれども、久美子があやういと知った本気が、無力さのなか、吐くセリフがせつない。〈オレの命 全部やる! 全部あげます どうか無事に……どうか〉この祈りはしかし、次巻以降、さらなる試練となってあらわれる。
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『本気!〜雑記〜』第1話について→こちら
・その他立原あゆみに関する文章
『恋愛』
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『仁義S』
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『極道の食卓』
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