ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2009年10月14日
 隣のあたし 2 (講談社コミックスフレンド B)

 いつも好きな人の隣にいたい。でも選ばれたのは自分ではなかった。そんな悲しい話ってあるだろうか。しかしすべての恋が平等に叶えられるわけではないので、必ずや誰かがハズレを掴まされてしまう。そのような切ない地平からラヴ・ストーリーを折ってゆく、というのは、基本のシチュエーションはおおきく異なれど、前作の『スプラウト』に通じるところだと思う。すくなくとも、南波あつこの『隣のあたし』の、2巻に描かれているのは、その題名とは裏腹に、好きな人の隣に選ばれなかったヒロインの、まぎれもない失恋の模様である。ああ、鳶に油揚げをさらわれるとは、このことかよ。先に高校へ進学した一歳上の幼馴染み、京介に恋心を抱きながらも、淡い期待以上のリスクを負えずにいた仁菜の躊躇いが、取り返しのつかない後悔に変わる。自分が在籍する野球部のマネージャー、結衣子が、恋人との関係に傷つくのを見、手を差し伸べたことから京介は、彼女と付き合うことになり、それを知って仁菜は泣くことになるのだった。こうしたくだりにおいて、物語の分岐はほぼ京介に委ねられているわけだが、その心の動きに関し、におわされる程度の描写しかされず、あえて不透明にされていることは、技法上、とても肝心な点だといえよう。当の仁菜はもちろん、読み手であるこちらも、どうして彼女が選ばれなかったのか、明確に知ることはできない。したがって仁菜とともに、可能性が消えてなくなってゆく瞬間を、ただ受け入れるよりほか術がないのである。まあ、このまま話が終わることはないに違いないから、次巻以降、筋書きは二転三転するに決まっているのだけれども、いつもと変わらぬ日常が続いていくなかで、喪失だけを手渡されてしまった仁菜のやるせなさによく焦点が合っており、共感の磁場であるような、深い溜まりをつくり出している。仁菜のほうに感情移入しつつ、彼女のポジションからはうかがい知れない部分にまで目を通せる読み手の立場からすると、結衣子のアプローチからは、なんていうか、ちょっとこう、女のずるさみたいなものを、受け取ってしまうかもしれない。いや、作中でもそれは、以下のとおり、指摘されている。だが〈……ずるい です / 彼氏…いるんじゃないですか………〉と述べる仁菜に、結衣子が〈……ずるいのは知ってる〉と答えているのは、すなわち、彼女には彼女なりの正当性が与えられていることを意味しているのであって、たんなる悪役と完全には合致しない余地になっている。むしろ、少女向けのフィクションだからこそ、結衣子の振る舞いは、小賢しく、批判めいて感じられるが、現実の観点に即すなら、一種のリアリズムにすらとれる。かくして明確に線引きされているのは、仁菜との差異化にほかならない。これは当然、高校生である結衣子の聡さに対し、中学生である仁菜の幼さを、つよく印象づけるものだろう。おそらく、今後の展開は、ヒロインがいかに子供の時代と訣別するかによって、担われてゆく。

・その他南波あつこに関する文章
 『スプラウト』
  7巻について→こちら
  5巻について→こちら
  4巻について→こちら
  2巻について→こちら
  1巻について→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ(09年)
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