ときめいて死ね!!
いいや、戦って死のう。
2009年10月03日
 ブラック・トゥ・ブルー

 もちろん、誰も死者をメンバーに加えることはできない、とはいえ、こうして再結成されたALICE IN CHAINS(アリス・イン・チェインズ)のアルバム『BLACK GIVES WAY TO BLUE(ブラック・トゥ・ブルー)』に、故人となったヴォーカル、レイン・ステイリーの存在を見つけられない事実は、必然、多くのファンを戸惑わせるだろう。たしかに後期の活動において、すでに薬物の影響が深刻であったレインからの音楽的なインプットが、はたしてどれだけあったか、定かではないものの、メインのソングライターであり、ギターであるジェリー・カントレルのソロ・アルバムを知るかぎり、そこにはなくてバンドにはあるもの、つまり、ALICE IN CHAINSのカリズマ的な魅力を支えるのに不可欠な支柱であったことは、あきらかなとおり。レイン抜きにして、独特なサウンドの再現は絶対ありえないと信じられた。はたして、『BLACK GIVES WAY TO BLUE』はそのような、思い入れ、思い込み、を覆せたか。結論を述べるなら、心中の葛藤は決して消えずに残されたまま、それでもこれが現在のALICE IN CHAINSなのだといわれれば、納得せざるをえないラインを越えてはいる。もしかしたらではあるが、作曲の段階で、レインの、声、が意識されていた部分がすくなからずあったのでは、と感じられるぐらい、パブリックなイメージにそったナンバーが並ぶ。そもそもジェリーが、フロントでヴォーカルをとることの珍しくなかったバンドだから、楽曲のスタイルさえ復帰してしまえれば、そこからはもういくらでもフォローを入れられるのであって、今回よりメンバーとなったウィリアム・デュヴァールの歌唱も、プラス・アルファの軸をあたらしく持ち込んでいるのではなく、ほんらい損なわれても仕方がなかったマトリクスにあたる部分の補強に、おおきく貢献している。そのことがもっともよくあらわれているは、やはり、コーラスのパートにおけるハーモニーである。重低音のグルーヴがスローにとぐろ巻き、ヘヴィ・メタリックなギターのフレーズが鮮明に響きる、まっただなかで、不吉さをたたえたメロディを、あやしくもうつくしく変えてゆくハーモニーのマジックこそが、まさしくALICE IN CHAINSならではの、しるし、であったことを、つよく実感させられる。もしも『BLACK GIVES WAY TO BLUE』によって果たされるべき計画がそれだとすれば、間違いなく、成功している。ウィリアムの声質は、なるほど、前任者を彷彿とさせるところがあるものの、かつてレイン・ステイリーをレイン・ステイリーたらしめていた、あのどこか苛立ったニュアンスはまったく聴こえてはこない。基本的には達者なのだろうが、ちょっとばかり熱と力みがオーヴァーすぎ、エモーショナルなのとはべつのロジックが働いているふうに受け取れる場面もけっこうある。しかし、すくなくともそれが、マイナスにばかり作用しないレベルで総和へと加算されているため、ほとんどストレスはない。あるいは、そうか、病んだ魂にモチベーションを見ようとするグランジの時代はもう、終わっていたな。そこにリアリティや説得力を認められるかどうかは、90年代が遠く過ぎ去った今、むしろリスナーの側に突きつけられている問題なのかもしれない。でもね、ときどきは、ネガティヴであるあまり行方知れずになりそうなテンションが、恋しくなることもあるよ。こちらの感傷をよそに、クオリティは、ブランクをうかがわせぬほど、高い。フックは十分であるし、繰り返しになるけれども、持ち味はしっかり出ている。ともすれば、パワー・バラードふうに展開する10曲目の「PRIVATE HELL」などは、『JAR OF FLIES』(94年)や『ALICE IN CHAINS』(95年)を経たのち、こうきてもぜんぜんおかしくはない可能性を有している。すべての音色が豊かで撓わをなしているのに、昂揚する気分とは無縁、突き抜けていかない。ハーモニーの印象が深くなればなるだけ、救いがたさを手渡されてしまう。〈この住み慣れた独房を前に、おれは自分自身にうかがいを立てる。すまないね。個人的な地獄を楽しむしかできない人間なんだ(意訳)〉。タイトルに示されているような根の暗さが、ALICE IN CHAINSには合っている。

 バンドのオフィシャル・サイト→こちら
posted by もりた | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽(09年)
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